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2008'09.05 (Fri)

絵画

今日、来院されていた方から素敵なカードを頂きました。
カード
ご自身の描かれた絵が入選されたと言うことで、わざわざお持ち下さったのです。
この作品を手がけておられる頃に、こちらに施術に通って頂いてまして、お身体の様子や色々とお話を伺っていましたので、作品を一つ仕上げるというのは大変なことなのだなあと肌で感じたものでした。
その時の大作を、僕もこうして拝見することが出来、感激もひとしおです

自分のイメージをキャンパスに表現できると言うのは素晴らしいことですね。
僕は絵を鑑賞するのも、描いたりするのも好きです。(上手いかどうかは別として・・・)
時々、押入から絵の具やクーピーやらを引っ張り出して、無性に創作意欲に駆り立てることがあるのですが、大概押入からそれらを探し出すのに辟易して、すぐに立ち消えてしまうような意欲なのですが・・・。

例えば、出かけた先で綺麗な風景に出会ったりした時など、絵心の一つでもあればちょっとスケッチなんてことが出来たらどんなに良いかと思うこともあります。
絵と言うのは、自分の感動したもの、感覚、感情を自分の思うがままに自由に表現できる所に楽しさがあるのではないかと思います。

これとは逆に、僕は過去に、絵を描くのが心底つらいと思うようなお絵かきの時間を体験したことがあります。

それは鍼灸の学校に通っていた頃のお話です。
学校のカリキュラムでは鍼灸、東洋医学にまつわるものだけでなく、現代医学や医事法学など様々な分野の授業があります。
その内、解剖学は人体の構造を知る上で、必要不可欠な単位になります。
学生の一年時から、この解剖学はかなりの時間を割いて、みっちりと勉強するようになります。
筋肉の構造から、神経の分布・作用、内臓諸器官の生理、構造など人の身体を扱う職種だけに何一つ疎かにすることは出来ません。
これらのことを授業で事細かに教わり、次の段階として、実際に様々な器官の標本を見てスケッチをしていきます。
このスケッチというのがかなりの曲者でして、特に内臓諸器官の標本を顕微鏡ごしにスケッチしていくという作業は、相当な根気と集中力を要すものでした。
しかもただ描けばよいと言うものではなく、そこにはその標本の特徴や求める必要な所見が描かれていなければ、どんなに上手描けたとしても減点されていきます。
下手すると昼からの実習なのに、終わる頃には外はもう真っ暗になっていて、果たしてどれくらいの間、実習室に籠もっていたのだろうという様な日が続いたことがありました。
長時間細かい所見を追っていると、集中力が切れて、いつの間にか自分が顕微鏡のどこを見ていたのか、果たして今何を描いているのかを見失ってしまうこともありました。
そんな時は、少し誤魔化そうと創作を加えると、教授の目は決して騙されず、キッチリその部分は減点されていたものでした。
冒頭にお話ししたように、絵を描くのは割と好きな方でしたが、あの実習の後しばらくは色鉛筆は触りたくありませんでした。

最近は、そのトラウマも薄れ、改めて頂いたカードの絵を見ると、今度こそ押入から絵画道具一式を引っ張り出して、絵の一つでも描いてみようかなどと言う気が沸々と湧き起こってきています。
21:40  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008'09.04 (Thu)

はまなすドラフト

以前にこのブログで流氷ドラフトといって、青いビールをご紹介したことがありました。
その網走ビール館が、今度ははまなすドラフトというビールを発売しました。

前回、流氷ドラフトのような青いビールにはとても度肝を抜かれましたが、こんどのはなますドラフトは、ルビーレッド色!!のビールなんだそうです。

変わり種と言うものに弱い僕、早速、お取り寄せしてしまいました。

栓を開けてグラスに注ぎますと、あまりにもビールとは異なる色の液体が泡を立ててグラスに満たされていきます。
はなますドラフト1

グラスに口を近づけていくと、微かに甘い香りが漂ってきます。
口に含むまでビールというより、ピンク色のシャンパンのように感じてしまいます。

実際に飲んでみると、ちゃんとビールの味がするのですが、甘い香りもあってとてもフルーティーな味わいがあります。
それほど苦味がない分、女性の方は結構はまるかもしれません。

はなますドラフト2

見た目もピンク色で、とてもお洒落な感じがします。
今回、酒のつまみとして簡単な冷や奴しか用意しなかったのですが、ビールの華やかさに比べるとおつまみももう少し力の入った物を作らないとと変なプレッシャーを感じてしまいました。

晩酌で飲むと言うよりも、何かのパーティー等に、サプライズで用意するのもなかなか粋かも知れませんね。
18:09  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008'09.01 (Mon)

横須賀美術館

前日に、夏休みの宿題を終えて、心身ともに身軽となった8月最後の日曜日。
前夜の激しい雨もあがり、晴天に恵まれたこの日は、フラッとどこかにお出かけしたくなります。
どうせなら、青い空の下、真っ青に広がる大海原にでも繰り出したいという気持ちに駆られ、前々から気になっていた横須賀美術館に行くことにしました。

横浜からですと、まずは京浜急行の浦賀駅まで行き、そこから美術館のある観音崎までバスで15分、徒歩10分ほどの行程。
ちなみに、この京浜急行は赤い車両の電車なのですが、小さい頃はよく父親と海釣りに行く時に利用していた電車で、この赤い車両に乗ると、自然「これから海に繰り出すんだ。」という気分になります。
京浜急行
浦賀駅でバスを待っている間にも、ドンドン日差しは強くなっていきますが、海が近いせいか気持ちの良い風が吹いていて、心地のよい気候でした。
浦賀駅バス停
観音崎のバス停を降りると、そこは目の前に海水浴場が広がっていて、泳いだり、バーベキュウを楽しんでいたりと、夏休み最後の日曜日を満喫する人達がたくさんいました。
見た所、遠浅の砂浜になっているみたいで、水際から随分遠い所で遊んでいるお子さんでも膝元くらいしか水がきていていなかったので、海水浴にはうってつけかも知れません。
浜辺
あれだけ、前日雨が激しかったにもかかわらず、波も穏やかで、水も濁っていなかったので、僕も水着を持ってくれば良かったと思いました。

観音崎は、あのガリバー旅行記のガリバーが寄港した所とされていますが、物語の世界とはいえ、ガリバーがこの遠浅の海を渡ってくる様子を想像すると、感慨深いものがあります。

横須賀美術館は、そんな海を正面から望む眺望の所に建てられています。
横須賀美術館
ガラス張りのレストランラウンジから眺める景色はそれだけで一つの絵画みたいでした。
横須賀美術館レストラ<br />ン店内から海を望む

ライオネル・フィニンガー展
美術館で作品を楽しむだけじゃなく、ここから見える海を眺めながらのんびりと一日を過ごすなんていうのも贅沢ですよね。
それにしても、これだけ真っ青な空と海を前にすると、やっぱり海に入りたい気分になってしまいます。
来年の夏は、水着を持って行って、海水浴も楽しめたらなあと思います。
23:04  |  日記  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2008'08.29 (Fri)

大雨時行〜雷様の降臨〜

連日大雨が続いています。
集中豪雨

暦の上では処暑に入り、七十二節で言う所の天地始粛(てんちはじめてさむし)に辺り、日中の暑さの中でも朝夕は涼しく過ごしやすい陽気となって、もう秋へと足は向かっていると言われるこの季節。
確かに、ここ最近寝苦しい夜は感じないようになりました。Zzzz.....
暑さで途中目が覚めると言うことが無くなった分、昨夜の集中豪雨に驚き目を覚ましたなんて方も多いのではないでしょうか?
今日も、夜半から激しい雷を伴う大雨に見舞われ、何となく治療院の外を行き交う人や車も疎らに感じてしまいます。

暦で言うと丁度真夏にあたる大暑の期間中、七十二節の中に大雨時行(たいうときどきにふる)といった時期があります。
丁度、夏の熱気によって地気が蒸されて発達した積乱雲がもたらす夕立の現象を現しているのですが、今表で降り続く雨はそんな時期はずれな夕立を彷彿とさせるものです。
ちなみに夕立というのは、夏の季語で、それ以外の季節で同様の雨が降った際、これをにわか雨と呼びます。
また夕方に降る雨だから夕立と命名されたわけではありません。
突然降り出す雷雨や激しい雷雨の事を「彌降り立つ(いやふりたつ)雨」いいます。
これは、「雷様が下界に、お出ましになった。」という表現になろうかと思います。
この語句が省略されて「いやふりたつ」→「やふたつ」→「ゆふだち」となり、夕立という漢字はこの読みに対する当て字になります。

さて、雷様が降りてくれば、僕らは雷様にお臍をとられないよう、これを隠さなければなりません。
小さい頃、大人にそう諭されると、僕らは何の疑問も持たずに、「そりゃ〜大変だ!」と身を屈めてはお臍を守るようにしていました。
この歳になっても、雷が鳴るとお臍の辺りにサッと手を置きたくなります。
雷がお臍に落ちる理由、実は今僕が携わる東洋思想に深い関わりがあるのです。
以前にもこのブログの中で、東洋思想は世界のあらゆる事象を陰陽五行で表現するとお話ししたことがあります。
その基本的な要素が木火土金水の五行と呼ばれるものです。
例えばこの五行で表されるものには、
○五畜:木ー鶏、火ー羊、土ー牛、金ー馬、水ー豚
○五穀:木ー麦、火ー黍、土ー粟、金ー米、水ー豆
○五季:木ー春、火ー夏、土ー土用、金ー秋、水ー冬
○五方:木ー東、火ー南、土ー中央、金ー西、水ー北
等、ザッと例に挙げただけでも、木火土金水の性質に、こういった配当が割り当てられています。

さらには陰陽五行には、木→火→土→金→水→木と言う流れで、左から右へ生み出される関係(相生関係)と言うものと、木→土→水→火→金→木と言う流れで、左が右を抑制する関係(相剋関係)と言ったものがあります。
つまり相生関係とは、木が燃えると火が生まれ、火が燃えた後には灰(土)が生まれ、土を掘ると金が採取され、金はその表面に水滴を生じやすく、水は木を育むと言った関係です。
相剋関係は、木は地面から養分を吸い取り、土は水の流れを堰き止め、水は火を消し、火は金属を溶かし、金属は木を切る斧となります。

これらのことを踏まえて、雷とお臍の関係についてお話ししますと、その中で、雷は木の性質を持つ自然現象になります。
そして、お臍というのは身体の中央にあり、その土の性質を持っています。
先ほどの相剋関係(抑制し、抑制される間柄)で言うと、木と土の関係は、木が土の養分を吸い取る関係にあります。
つまりは、木の性質を持つ雷は、好んで土の性質を持つお臍に落ちてくることになるのです。

実際、夏の夕立の後と言うのは、日中の暑さがスーッと遠のき、一時涼やかな風が吹き抜けていきます。
その時、スイカや冷たいものなどを飲むなり、食べるなりして、お臍を出して寝てたりすれば、それによってお腹が中と外で急激に冷やされ、空の雷と呼応して、お腹の方でもゴロゴロとなり出すなんて事があるかも知れません。
そう言った、雷と身体の関連も示唆した言い伝えなのかも知れませんね。

何にしても、雷は怖いものです。
最近では、パソコンをはじめとする電子機器が、落雷の影響でお釈迦になってしまったなんて話をよく聞きます。
僕も折角、打ち込んでいる夏休みの宿題が、落雷で吹っ飛んでしまうなんて事になりませんように。
くわばら、くわばら。
21:01  |  日記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2008'08.27 (Wed)

生まれた日の一面

皆さんは、自分が生まれた日に、世間ではどんな出来事があったかご存じですか?
東京にある八重洲ブックセンターの、店内フロアの一角には、そんな疑問に答えてくれそうな、ある自動販売機が設置されています。
一体それは何かと言いますと、過去の新聞の一面をプリントアウトしてくれる自動販売機なのです。
八重洲ブックセンター自動販売機
題して、「生まれた日の新聞をコピー致します。」といった代物であります。
自分の生まれた日、果たして世界ではどんなことが話題になっていたか?、今まではそんな事など微塵も考えたことはありませんでしたが、この自動販売機を見た途端、沸々とそんな思いが芽生えてしまいました。
一部400円で、指定した日の新聞のトップ面、もしくはテレビ欄を印刷できます。

仮に、プリントアウトされて出てきた一面の見出しが、「人類月面到着!!」とか「ベルリンの壁崩壊!!」なんて言う世界中が驚愕するようなものであれば、ちょっと嬉しいような、誇らしい気がしませんか?

果たして、その一面は如何に・・・・・・



新聞一面
丁度、僕が生まれたその日の新聞紙面によりますと、巷では何やらストライキに湧いていたようです。
もうウン十年も昔のことになりますが、僕が生まれた日の世の中の営みを垣間見るというのも、何かくすぐったいような、不思議な気持ちになります。

こんな風に改めて自分の誕生日の新聞に対面してみると、普段手にする新聞でも誰かにとっては誕生日や記念日になるわけで、そんな風に思うと、何気なく目を通すだけの新聞が貴重なものに思えてきます。

だからといって、手にした新聞をいつまで経っても手元に置いておくと、いずれ古紙回収の日に大変な苦労を負うことになります。
今や新聞紙に使われる紙は、ドンドンと軽量化が図られていて、現在一平方メートル辺りの重さが43gなんだそうです。
しかし一枚或いは一部は軽くても、それが1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月分と重なってくると、それはもうとんでもない重さです。

試しに今日届いた新聞の重さをザッと量ってみますと160g。
それが一ヶ月30日分溜まったとして、30日×160g=4800g(4.8kg)
つまり3ヶ月新聞を溜めると15Kg近い重さになるわけです。
実際には、これに広告も加わりますから、下手するとこの倍の重さの紙を溜め込むことになります。
更にこれを一年に換算すると、365日×160g=58400g(58.4kg)(この際、休刊日とかは計算に入れません。)
今度は、人間80歳まで生きたとして、80年×58400g=4672000g(4672kg)(4.672t)の新聞が印刷される事になります。
そんな計算をしてみると、塵も積もれば山となるなんて諺を実感してしまいますが、僕も新聞のように一日一日を大切に積み上げて、振り返ってみるとドッシリと重みのある人生だったと思えるよう日々精進したいと思います。
22:29  |  読書  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
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