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骨の折れる日常

2020.04.04(21:19) 782

骨折生活は、何かと不便なものです。
特に、最初の3日間は、患部の痛み、慣れない松葉杖、そしてそれに伴う筋肉痛とで、悪戦苦闘の日常生活となりました。
その中でもトイレには本当に苦労させられました。
片足に体重を乗せられないと、トイレの蓋を上げるために近づく為のもう一歩が踏み出せません。
そうなると蓋を中途半端な高さまでしか上げられず、後ろ向きになって、いざ便座に腰掛けようとすると、蓋が降りてきて上手く座れないという状態になってしまいました。
そんな事情で、今回の様な悲劇が起こってしまったのです。
ちなみにこの後、おんなじ事をもう一度リピートしてしまい、「トイレの蓋を引きちぎってやる!」という、普段なら絶対に沸き起こらない様な衝動まで生まれてしまいました。
後で振り返ってみると、NHKのEテレで放映されているピタゴラスイッチに出てくる様な秀逸なピタゴラ装置だったと自画自賛できるくらいには、心も身体も回復してまいりました。
くれぐれも皆様、怪我にはお気をつけください。

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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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骨折しました

2020.03.31(18:11) 781

「冷やし中華始めました。」的なノリでタイトルをつけましたが、何のひねりも無く、実は先日骨折をしてしまいました。
まさか、久々に書いたブログの内容が、自分の骨を折った話題になるとは。。。。。トホホ。

「どうして折ったのか?」と言いますと、「スキーでパラレルターンを華麗に決めた瞬間、コブに乗り上げて・・・・」と言った、格好の良いものではありませんで、普通に歩いていて側溝にハマってしまいました。
容赦のない身内からは、「今時ドブにハマった!」と周辺に触れ回っている様で、まさか骨折の理由でこんなに肩身の狭い思いをするとは思いもよりませんでした。
娘を連れて散歩していて、途中抱っこしながら歩いていたら、たまたま側溝の蓋の割れ目に足をつ込んでしまい、娘を落とさない様にバランスを取ろうとした瞬間に、「ボキッ」と右足をやってしまったのです。
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やった瞬間、「これは折れたな・・・。Σ(´Д`lll)エエ!!」と頭をよぎりましたが、不思議な事にその段階では何とか右足をつけて辛うじて歩くこともできました。
今思えば、ガソリンのエンプティランプがついた車でも、しばらくは走行できるようになっているのと同じで、そんな猶予期間であった様に思います。

しかし、時間を追うごとに、腫れと痛みが増すばかり。
次第に右足をついて歩くのすら儘ならない状態となり、四つん這いにならないと移動もできない様になりました。
この四つん這いの父を、娘が面白がって、馬乗りになったり、四つん這い競争を仕掛けてきたりと、さしづめ新しいオモチャを見つけた!と言う感じでロックオンされてしまいました。
普段は、娘の笑顔を「無垢な天使の微笑み」と表現して止まない僕ですが、この時ばかりは嬉々として遊びをせがむ娘が、映画のチャイルド・プレイに出てくるチャッ◯ーに見えました。
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東洋医学に携わる者の専門用語で「瘀血(オケツ)」というものがありますが、滞った血液によって、病的症状を引き起こす原因となるものと考えられています。
恐る恐る靴下を脱ぐと、その瘀血がしっかりと創傷部周辺に確認できました。

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鍼灸治療では、こうした瘀血の所見に対しては、昔から刺絡(シラク)やお灸といった方法が用いられております。
自分にこうした処置を施せる機会はなかなかありませんので(今後は無いと信じたいですが・・・)、この時とばかり自分を実験台にしてみました。
まずは刺絡ですが、瘀血の集中しているのが膀胱経というツボの流れになっており、その足の小指の先端ある至陰(しいん)穴に鍼をしました。
すると、それまでドンドコ!ドンドコ!と16ビートのリズムで刻んでいた足先から痛みが、8ビートくらいに感じる様に。
「お〜!ちょっとマシになった!」と迂闊に足に体重をかけた途端、再び16ビートで痛みのロックンロールが始まってしまいました。
ですが、多少マシになった事に気を良くして、今度は患部の周辺からも同様に刺絡を行ってみました。
同様に、痛みが少し和らぐ感じがありましたが、やはり少しでも体重の負荷をかけると、痛みがぶり返しそうなので、この日はそれで処置を終えて、その晩は眠りにつく事にしました。

翌日になって、整形外科を受診しましたところ、「第五中足骨の骨折」との診断を頂きました。
レントゲンでもしっかりと骨折線が確認できました。
鍼灸師らしくツボでいうと「京骨(けいこつ)」の辺りになります。
古代中国では、第五中足骨後端の隆起の事をそのまま京骨と呼んでいましたが、自分にとって、この「京骨」というツボは、とても思い入れのあるツボの一つになりそうです。
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さて、晴れてと言いますか、これで生涯3回目30年ぶりの骨折が確定しました。
甲子園なら、地元の公立高校が久しぶりに甲子園出場を果たし、さぞ湧き返るといったところでしょうか。
しかも人生初の松葉杖!
不謹慎ですが、松葉杖って何か漫画の主人公的な側面を感じませんか?(家族には何を言っているかわからない、と全否定されてしまいました。)
さて初めての松葉杖生活に変なスイッチが入ってしまい、年甲斐もなく娘と松葉杖で駆けっこしたり、坂を登ったり、階段を登ったりとはしゃいでしまいました。
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その後、待っていたのは骨折の痛みよりも、全身の筋肉痛。グェ━(´ェ`)━!!!
慣れない松葉杖での歩行で、背中や肩の筋肉が悲鳴をあげてしまいました。
「バカは死なないと治らない。」と言われるくらいですから、骨を折ったくらいでは、自分のおバカ加減はなかなか治らない様です。
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肝心の骨折の方ですが、3日目ぐらいからは、じっとしている分には、ほとんど痛みもなく、体重の負荷も2、3割であれば乗せれる様になりました。
骨折箇所には、前述した瘀血の周りを囲む様にして、お灸の治療を行なっております。
日を追うごとに腫れの方はすっかり引いてきて、瘀血の色も大分薄まっていきました。
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お陰様で一週間も経つと、松葉杖無しでも歩行できる様になりまして、日常生活もそれほど支障なく過ごせております。
皆様もくれぐれも怪我にはお気をつけください。

天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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2020年 信濃国分寺八日堂縁日

2020.01.09(23:00) 779

本年もよろしくお願いいたします。

今年もブログ最初の話題は、毎年恒例となっている信濃国分寺で頒布される蘇民将来符を頂きに行った報告となります。
今年になって、足掛け7年、1月8日の早朝に信濃国分寺に通っていることになります。

そして、その都度得る教訓というのが、

「八日堂縁日は、寒さとの闘いである!」

という一点です。

毎年、入念に防寒対策をしているつもりですが、それでも尚、やはり寒さが骨身に突き刺さるのです。
2020年、これまでの6年の集大成として、過去最強の防寒の装いに到達しました!

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あえて、ここは「装い」と書いて「甲冑」と呼びたいと思います。
とうとう巡り巡って、スキーウェアに行き着いてしまいました。

八日堂前夜は、むしろ準備した寒さ対策がどの程度の効果を発揮するか楽しみになるぐらいでした。

さて、当日の朝は、5時半起床、6時出発で、6時半現地到着を予定していました。
早速、用意したフル装備に着替え、車の暖機運転を行おうと外へ出ると、「あれ!?車のフロントガラスが凍っていない!?」というまさかの展開。

道すがら設置されている温度計に目をやると、3度と表示されていました。
前年のマイナス10度を思えば、目を疑う様な数字です。

果たして、境内に着いてみると、いつもの体の奥底からピシッと凍りつく様な冷気は鳴りを潜め、普通に寒いと感じる程度でした。
周りの人達の会話も、「今年は暖かいね〜!」という言葉が行き交っていました。
気温3度の空の下、周りの皆さんと同じように暖かいと感じてしまう辺り、自分も何かのネジが抜け落ちてしまっているようです。
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用意した防寒具の効力を存分に発揮できるような状況ではなくなり、少し拍子抜けな感じがしてしまいました。
最初の内は、完全防備の防寒グッズのおかけで寒さもそれほど身に沁みる事もなく、むしろ「もっと寒くても大丈夫!」などと思う余裕までありました。

ところが、八日堂縁日はそんなに甘くはありませんでした。
朝日で東の空が白んでくるに従い、まさかの雨が降ってきました。
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あれほど、防寒グッズを入念に用意していたのに、雨対策に関しては何にも考えてなかったのです。
スキーウェアは撥水コーティングを施していあるため良かったのですが、頭の方は毛糸の帽子であった為、冷たい雨粒が次第次第に頭から浸透してきます。

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外気温はそれ程、冷えるものではなかったのですが、この冷たい雨には参りました
結局、卵を温めて餌を運んでくるメスの帰りを待つオスペンギンの心境で、じっと雨の中を立ち尽くしておりました。
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今年も、結局は苦行を課される事となりましたが、なんとか無事に蘇民将来符を頂くことができました。
今回頂いた蘇民将来符は、七福神の皆々様がとても柔和な笑顔をされていて、なんだかほっこりします。
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こうして、これまで集めた蘇民将来符を並べれば、僕的には新しい年のスタートを恙無く切れたという気持ちになるのです。
歴代のものに比べると一際真っさらで、新入りという感じがしますね。
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来年に向けての反省点は、天気予報をちゃんとチェックしておこう!という事ですかね。




天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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バルーンからの貝原益軒

2019.11.07(00:13) 778

皆様、連休はいかがお過ごしになられましたでしょうか?

日曜、月曜の二日のお休みを利用して、家族で佐賀インターナショナルバルーンフェスタに行ってまいりました。

佐賀インターナショナルバルーンフェスタは、5日間に亘って繰り広げられる競技バルーンおよびバルーンイベントで、延べ90万人近い観客を動員する国内有数のバルーンイベントです。
熱気球といえば、地元のお隣、佐久市でも、毎年5月頃に佐久バルーンフェスティバルというのが開催されていて、こちらもかなり賑わうイベントとして知られています。
毎年行きたいと思ってはいるのですが、いつも何かしらの予定が入って、これまで一度も足を運べずおりました。
そんな事をおぼろげに考えていたら、今回ちょっとした経緯があって、急遽、遠路はるばる佐賀のバルーンフェスタに行くことになりました。

4日の競技バルーンは午前7時からスタートという事で、前日は福岡県の久留米市に宿を求め、明日の早朝出発に備えます。
夕食を食べに出かけがけてら、久留米のアーケード商店街を散策。
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早速、地元のマンホールを見つけ、写真に収めます。
色付きのマンホールに出会うなんて、なかなか幸先が良い感じです。
調べてみると、久留米絣と久留米市の花久留米ツツジがあしらわれている意匠なのだそう。
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もう少し、じっくりと散策してみたかったのですが、なにぶん明日が早いということで、食事を済ませたら、そのまま宿泊先に戻って、就寝する事にしました。


さて、翌日は5時に起きて、「JR久留米駅」から、会場となる「バールンさが駅」へと向かいます。
バールンさが駅は、このイベントだけの為に臨時で設置される駅だそうで、「期間限定」という言葉に弱い僕は、この駅を利用できたことが、ちょっと得した気分に感じます。
朝早い電車だというのに、バルーンフェスタのお客さんで、電車は超満員でしたが、会場に近づくと、すでに数機のバルーンが立ち上がっていて、自分も含めて周りの方々も「わ〜っ」と歓声が上がりました。

さて、少しでも間近に!と足を運ぼうとした瞬間、「本日の競技バルーンは強風の為中止になりました。」との無情のアナウンスが!
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確かに、目の前のバルーンが風に煽られて、ユラユラと揺れていました。
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一旦は膨らんでいたバルーンも、一機、また一機とゆっくりとしぼんでいきます。
何とも残念な結果となってしまいましたが、せめてもの救いは、娘がバルーンを見て片言で「おおきい!おおきい!」と指差しては楽しそうに走り回ってくれた事でしょうか。
こうして間近で見てみると、熱気球の大きさは迫力がありました。
このバルーンが一気に空に舞い上がる光景は、とても幻想的だったでしょうね。
次回のリベンジを心に刻んで、会場を後にしました。
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そんな失意の心を慰めるかのように、空には虹が出ていました。
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帰途につく福岡空港では、帰りのフライト時間に大分余裕がありました。
そこで、博多市内に繰り出して、常々訪れてみたいと思っていた貝原益軒のお墓に行く事にしました。
曲がりなりにも、「健康」に従事する僕にとっては、貝原益軒先生は神棚にお祀りしなければならないような偉大な方で、江戸時代に中期に「養生訓」という医書を残し、その内容は現代においても養生の実用的な書として、とても優れた本であると思います。
いずれこのブログか、ホームページに貝原益軒の養生訓の話題を詳しく取り上げてみたいと思います。

福岡空港から地下鉄空港線で20分程行った西新駅という所に、貝原益軒の眠る「金龍寺」があります。
周辺にはヤフオクドームや、大濠公園などがある立地で、周りは大きな幹線道路やビルなどが立ち並ぶ通りに面した中に、ポッカリとエアポケット的な感じの中にお寺が佇んでいました。
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境内は、閑静でとても広々して、表通りの喧騒が嘘のようです。
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境内の奥に行った所に、貝原益軒の銅像とそのお墓が建っていました。
儒学の道に精通していた故人を偲んでか、文机を前に腰掛けるお姿がとても堂々としてイメージ通りでした。
少しでも養生の道の一端でもあやかれる様に、しっかりとお参りしてきました。
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最後に、博多市内のマンホールの蓋。
何だか幾何学模様です。
何のイメージなのか調べてみましたら、,鳥,ヨット,街並みなどの抽象的なデザインの組み合わせで「人の都・福岡市のアクティブなイメージ」を表しているようです。
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バルーンに貝原益軒と何の脈絡も無い旅行になってしまいましたが、僕的にはとても有意義な旅となりました。


天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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北斗の拳マンホール

2019.10.26(16:13) 777

久しぶりの更新です。

随分とご無沙汰しておりました。

半年ぶりにこのブログに何を投稿するのか、になりますが、ついに佐久平駅前にに設置されたと話題沸騰!?の北斗の拳のマンホールを見て参りましたので、その報告をさせて頂きます。
原作者の武論尊さんが、佐久市出身とのご縁で、今回北斗の拳のデザインマンホールが設置されそうです。

北斗の拳は、ちょうど学生時代にリアルタイムでその漫画を愛読していた世代でもあり、マンホールの蓋を見て回る事が好きな自称マンホーラーの僕にとっては、見に行くのはちょっとした義務にも似た思いで佐久平駅に足を運んだのであります。
家の者には、娘の散歩という大義名分を掲げて、早朝からマンホールの蓋を見るだけの為に、佐久平駅へと車で30分かけて向かいました。
目的はただただマンホールの蓋を見ることだけですので、当然のように着いてすぐ、早速マンホールの蓋を探し回ります。
苦労したのは、マンホールの蓋など全く興味のない娘が、勝手気ままに歩きたがるのを、何とかその手を引きつつ探す事でした。
そうこうして、見つけたのは南斗水鳥拳の使い手「レイ」のマンホールです!
(あまりご存じない方には、この興奮は伝わらないかもしれません。)
思っていた以上に、鮮やかなカラーでかなりクウォリティーの高いものでビックリです。
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心憎いことに、こうしたマンホールの蓋が全部で7つ設置されており、しかもそれが北斗七星の形で配されているというのです!
案内板を参考にしながら、早朝から意気揚々とむずがる子供の手を引きながら、足元を必死に見つめる親子。
周りからはどのように映っていたでしょうか?


次に見つけたのは「聖帝サウザー!」です。
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何も知らない娘は、畏れ多いことにサウザー様の顔を踏みつけて素通り。
世が世紀末なら、聖帝陵を作る労働者として捕らえられてしまった事でしょう。
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次は、ご存じ主人公の「ケンシロウ」です。
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さらに「ジャギ」様。(何となく様を付けてしまいます。)
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そして「ユリア」と順調に見つけていきます。
この頃になると、娘も色付きのマンホールの蓋を探していると察してくれたようで、自ら進んで色付きのマンホールへと突進してくれるようになりました。
なかなかマンホーラーとして見所がありそうです。
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そして北斗四兄弟の次兄「トキ」。
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最後にトリを飾るのは、もちろん「拳王ラオウ」、その人です。
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ラオウに行く着いた時は、早朝の佐久平駅前広場でやり遂げた!という達成感に親子で満たされておりました。

早朝からワクワクの宝探しをしたみたいで、とても充実した朝となりました。
佐久平駅に立ち寄る事がありましたら、是非「北斗の拳マンホールの蓋探し」トライしてみてはいかがでしょうか。
久しぶりのブログの話題が、院長のものすごく偏った趣味の話でも申し訳ありませんでした。

天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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