タイトル画像

真田本城のツツジ

2017.05.19(23:06) 742

桜の季節も過ぎ、まるで燃え尽き症候群になってしまったかの様に、最近のジョギングはご無沙汰気味に。
その代わり鍬と草取り鎌を手にして、この所とみに勢いを増しつつある庭の雑草と悪戦苦闘をしておりました。

草の根を引っこ抜いていると、しばしばカエルとも遭遇する様になり、そのカエル達はと言うと、夜ごと一斉に大合唱を始める季節となりました。
田んぼにも水が張られる様になり、今週末くらいから辺りは田植えが始まりそうでうす。

そうなれば、また周辺の田んぼの様子をジョギングがてら見に行ってみようかなと考えています。

今朝は手始めに、真田の郷にある真田本城(別名松尾城)に行って参りました。
とは言っても、自宅からは少し距離があるので、ジョギングではなく車での訪問となりました。

真田本城は、真田氏がまだ上田に城を建てる以前の、拠点と言われていた山城だったとの事です。
NHK大河ドラマ「真田丸」が終わって久しいですが、真田本城へは車で入口手前まで登る事ができ、広い駐車場やトイレなども整備されていました。
行く途中の道は、決して広い道ではなかったのですが、バス停もあって、この山城目当てに訪問される方が結構いらっしゃるようです。
IMG_8575.jpg

こんもりとした木立の中に足を進めれば、山の稜線となっている部分がなだらかな坂となって本郭に伸びています。
左右には裾野の風景が広がっています。
車で登ってきてしまったので、標高を身を以て感じる事はなかったのですが、下から自分の足で登ってくれば結構な急勾配の山だった事がわかります。
IMG_8576.jpg

花が散ってしまえば、桜の木も周辺の木と同化してしまい、それと分かる木すら見つける事ができませんでしたが、その代わり山城のあちこちに植えられているツツジの花が満開となっていました。
IMG_8592.jpg

IMG_8589.jpg

IMG_8591.jpg



この山城は、標高は900m位の所に位置していますので、やはり朝はうっすらと寒さを感じてしまいます。
麓の方は、まだうっすらと霧がかっていました。
IMG_8577.jpg


駐車場から、程なく歩くとすぐ主郭の大土塁と思しき高まりが目に飛び込んできました。
IMG_8578.jpg

土塁横に佇んでいた石仏。
うっすらと「安政?」の文字が彫ってある様に見えるのですが、苔の生え具合や浸食の具合などに古さを感じてグッときます!
面白いのは、備えてある賽銭が六文銭を象って置いてあるあたり、真田氏に因んだ粋な供え方です。
IMG_8579.jpg

盛り上がった土塁の上に立ってみました。
IMG_8580.jpg

本郭の辺りから、真田氏にゆかりの深い信鋼寺や山家神社がよく臨む事が出来ます。
IMG_8581.jpg

IMG_8582.jpg

本郭から30m程進むと二の郭へと続きます。
平にならしてあって、これまで訪れた過酷な山城に比べると、ゆったりとお散歩感覚で巡る事ができます。
IMG_8583.jpg

山城の形状は細長く、丁度、船体を船尾から船首へと進んでいく様なイメージです。
IMG_8584.jpg

山城の先端にあたる三の郭へと到達しました。
IMG_8587.jpg

三の郭からは、先日訪れた砥石城が真田の郷を挟んで対角線状に位置しています。
こうして遠くから見ればなだらかな山に思えますが、えらい苦労して登りました。
IMG_8585.jpg

新緑に囲まれた中にあって、ツツジの華やかな赤は、目に一層鮮やかに感じられます。
IMG_8586.jpg

山のあちらこちらでは、藤の花も咲き誇っていました。
正面の山は、これまた真田氏の支城とも言われる天白城(てんぱくじょう)が覗いています。
この辺りは、色々な山城がひしめいている土地で、巡り甲斐がありますね。
こちらも近々訪れてみたいと思います。

それにしてもこの朝の空の青さや、陽射しの具合などは随分と夏の気配を感じさせるものでした。
お肌の曲がり角もとっくに過ぎて、もうトラックの最終コーナーを突っ走る身としては、強い陽射しが随分とつらく感じる様になりました。
遅まきながら、ジョギング前にはUVケアに日焼け止めを塗って出かけたいと思います。
IMG_8593.jpg




スポンサーサイト

天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


タイトル画像

砥石城

2017.05.12(23:22) 741

連休最終日、念願だった砥石城へ行って参りました。

砥石城と言えば、天文19年(1550)、武田信玄が信濃進出を図り、この地を支配していた村上義清をこの砥石城にて攻め立てましたが、結局城は落ちる事なく、ばかりか退却の際の間隙を背後から村上軍につかれ、大敗北を喫した『砥石崩れ』のエピソードとなった舞台でもあります。

先日、真田の郷の長谷寺を訪れた時、その途中にあった旗見石から砥石城を臨む事が出来ました。
近々、訪れてみたいと思っておりましたので、砥石城の踏破は、連休最後の締めくくりを飾るにふさわしい思い出となりそうです。

砥石城は、上信越自動車道の菅平ICから北東へ1km程行った場所にあります。
登り口の所には、駐車場も整備されていて、車で訪れやすくなっています。
砥石城の入口の周りには、りんご畑が広がっていて、すでに白い花をつけていました。
IMG_8534.jpg


登り口の案内には、「なめんなよ」の文字が刻まれていました。
「ほほう!」、そんな刻まれた文字を見たら、果然やる気が湧いてきます。
IMG_8535.jpg

そんなやる気をそぐ様に、いきなり石畳の急斜面がお出迎えです。
IMG_8536.jpg

石畳を登りきると、そこには山城の雰囲気満点の、登城門が見えてきました。
今まで何カ所か山城を訪れていますが、こうした本格的な門をくぐると、山城へ向かう気持ちがより高ぶってきます。
IMG_8537.jpg

門からしばらくは尾根筋のなだらかな登り坂が続いています。
道も歩きやすくて、これならハイキング気分で山城を回れそうだと、危うく勘違いしてしまいそうになります。
IMG_8538.jpg

しばらく緩やかな登り坂を進んでいくと、分岐点に辿り着きました。
左に進めば米山(こめやま)城、右手は砥石城とあります。
まずは当初の目的でもある砥石城へと向かいます。
IMG_8540.jpg

この分岐点から、急に傾斜がきつくなります。
途端にペースが落ちて、歩みが止りそうになってしまいました。
IMG_8542.jpg

途中ロープを伝いながら歩かなければならない所もあって、さすがに人を寄せ付けない要塞として作られているだけあって、攻略は相当な労苦を伴いました。
当時の山城に比べれば、これでもかなり登りやすいように整備されているはずなので、信玄が攻めた際、先ほどの登城口から攻め立てて、この場所まで来るとなるとほとんど不可能に近いのでは!?という感想を持ちました。
信玄も攻めあぐねるはずです。 
この日は、黄砂がまって視界が少し黄みがかっていましたが、遥か遠くの方まで一望できます。
IMG_8543.jpg

IMG_8544.jpg

IMG_8545.jpg

さらに砥石城の奥へと進み、次なる目的地『本城』へと向かいます。
最初、本城への道が切り立った崖の様な所にあって、指し示している看板の通りに進んで良いのか躊躇してしまいました。
渡してあるロープを伝いながらおっかなびっくり下っていきます。
IMG_8547.jpg

滑り落ちないよう、夢中でここまで下りてきました。
距離は短かったですが、ちょっと道を踏み外すと真っ逆さまに下に落ちてしまいそうな細い道でした。
途中何度も足がプルプル震えてしまいました。
IMG_8548.jpg

本城までは、木々に囲まれた平坦な道。
さっきまでの険しい道とは打って変わって、森林浴を楽しむ余裕も生まれました。
IMG_8550.jpg


本城は、木立の中にありました。
砥石城は、米山城、砥石城、本城、枡形城の四つの城が尾根伝いに連なる山城で、この四つを総称して砥石城と呼ばれています。
この中で本城は、四つの城の中心となっていて、もっとも広大な敷地がありました。
ただでさえ難攻不落の城であるのに、戦の際は、守り手はこの四つの城を行き来して、攻め手を撹乱したと言います。
IMG_8551.jpg

IMG_8552.jpg

この本城から更に奥に進むと、この城の最も標高の高い800m地点に桝形城があります。
この場所からだと、長谷寺や真田の郷が一望できます。
真田氏からすると、この城からだと、自分達の動向が筒抜けとなるので、目の上のたんこぶの様な存在だったかも知れませんね。
IMG_8553.jpg

IMG_8554.jpg

IMG_8555.jpg

枡形城から、もと来た道を引き返し、分岐の場所まで戻り、最後は米山城へと向かいます。
分岐点からちょっと進むと、いきなりロープを渡してあるこの山城最大の傾斜場となります。
さながら昔放送されていた『風雲たけし城』を彷彿させるようなアクロバティックな登りです。
登っているときは、登城口にあった「なめんなよ」という言葉が頭の中でリフレインしました。
確かにハイキング気分で臨むにはちょっと険しい坂かもしれませんね。
IMG_8557.jpg

IMG_8558.jpg

途中、ゆるやかな登り道という迂回路を示す看板がありました。
帰りはこちらの道を利用したのですが、決してイメージするゆるやかな道といったものではなかったので、迂回路を選択される方もそれなりのご覚悟を。
IMG_8564.jpg

登りにかけた時間はそれ程でもなかったと思いますが、なにせちょっと油断をしようものなら真っ逆さまに落ちてしまいそうな恐怖を感じながらでしたので、本郭についた時はホッとしました。
IMG_8560.jpg

IMG_8561.jpg

霞が出て、富士山を拝む事が叶いませんでしたが、きっとこの場所からなら富士山もよく見えるに違いありません。
IMG_8562.jpg


かくして距離にして僅か3キロ弱の行程でしたが、何せ断崖絶壁の様な所を行き来したので、普通に3キロ走るよりもかなり消耗した様な気がします。
足を目一杯踏ん張ったりしたので、下山した際には、「砥石崩れ」ならぬ、「砥石膝崩れ」になりそうでした。
噂に違わぬ難攻不落の砥石城を四城すべて回れて連休の最後、有終の美を飾る事ができました。
砥石城


天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


タイトル画像

菱野温泉の御衣黄(ぎょいこう)

2017.05.11(22:02) 740

4月の中旬より、熱病に浮かされたかの如く、桜の開花を追ってあちこちと走り回わる日々もそろそろフィナーレを迎える事になりそうでうす。
東御市のお隣、小諸市にある菱野温泉には緑色の花をつける「御衣黄(ぎょいこう)」と呼ばれる珍しい品種の桜があるそうです。
通常の桜よりも開花時期が少し遅いらしく、丁度ゴールデンウィーク頃に咲き始めるのだそうです。
その噂を聞いて、連休初日の3日に菱野地区をジョギングで巡る事にしました。

菱野地区は浅間山麓の山間に位置していて、小諸市の中で最も山に近い集落と言われています。
そんな菱野地区は、浅間山からの豊富な伏流水が流れ込む場所でもあり、村から更に登った所にある菱野温泉は、鎌倉時代に傷を負った武将が薬師如来の教えに導かれて発見したという歴史ある温泉でもあります。
まずは車で菱野温泉まで向かい、そこから菱野の郷へとジョギングで下って行くこととしました。

菱野温泉で車を停めて、走り出すとそこには僕を見つめる熱い瞳が!
しかも僕と目が合うと、ゆっくりと近づいてくるではないですか!
いつもジョギングに出る時は、途中で飲み物を購入できるよう、200円を常時携帯しているのですが、このつぶらな瞳にほだされて、飼い葉を100円で購入してしまいました。
きっと、この子はいつもこんな風にいたいけな振りをして、訪れる人の懐からお金を巻き上げるのでしょう!
僕もまんまと術中にハマってしまいました。
IMG_8479.jpg

IMG_8573.jpg

ポニーと一時戯れてしまったお陰で、随分と時間をロスしてしまいました。
菱野温泉の周りは丁度桜が満開となっていました。
IMG_8481.jpg

ポニーのいる所から、すぐ下った所にある池のほとり、「御衣黄」と思しき桜の木を見つけました。
蕾の形から察するに、桜のようなのですが、残念ながらこの時は、まだ花が開いていませんでした。
IMG_8501.jpg

IMG_8503.jpg

連休明けの月曜日の朝、様子が気になって再訪してみました。
すると蕾が開いて、緑色の花弁がほころんでいました。
ピンク色に染まる桜に比べると、木全体の雰囲気は少し地味な印象を受けますが、花一つ一つをまじまじと見てみると、花弁の中の方がうっすらとピンク色に色づいているものもあって、奥ゆかしい可憐な桜だなあと感じました。
また一つ、印象深い桜に出逢えて大満足です。
IMG_8569.jpg

IMG_8570.jpg

スタート早々に目的を果たししまいましたが、標高1000mの菱野温泉から150m程下り、菱野の集落に入ります。
菱野地区には斜面を利用した棚田が広がっていて、その雄大な田園風景は日本棚田百選にも選ばれています。
IMG_8482.jpg


まずは菱野地区の中心に位置する長泉寺を起点にして、グルリと大回りで菱野地区を巡る事に。
境内には、趣のある石仏が並んでいました。
一体一体とても良いお顔をされていて、とても親しみを感じます。
IMG_8484.jpg

IMG_8485.jpg

IMG_8486.jpg

長泉寺を後にして、小高い山を越える際、菱野地区全体を見渡すことができました。
黒い甍の波の合間から鯉のぼりの鯉が顔を出して泳いでいます。
IMG_8487.jpg

丘を跨いで、今度は菱野地区の西側に出ます。
これまた結構な傾斜の下りとなっています。
IMG_8488.jpg


菱野の西側に位置する西久保地区には、この菱野を護る産土神である菱野健功神社があります。
社を囲む立派な木々が、いかにも鎮守の森といった雰囲気を醸し出しています。
IMG_8489.jpg

神社からさらに西側の坂道を上っていくと、谷間に位置する菱野地区から一転、急に周りの景色が開けて、田んぼが広がっていました。
空を遮る物がなくなって、青空のパノラマの中に飛び込んだ気分です。
この日は穏やかな陽気で、野良仕事にはうってつけな天気でした。
畑で作業されている方は、田を起こして、田植えに向けた準備に余念がありません。
田んぼに水が張られた頃にもう一度訪れてみたいですね。
IMG_8491.jpg

IMG_8492.jpg

IMG_8493.jpg

田園地帯を抜けて、再び菱野の集落の方へ向かっていきます。
途中、菱野地区を見下ろす場所に、しだれ桜が植わっていました。
もう花は散って葉桜になっていましたが、満開の時はきっと素晴らしい景観だったに違いありません。
来年、この場所に来る楽しみができました。
IMG_8495.jpg

菱野地区のそこかしこには、道祖神が祀られていて、そんな石仏に出逢えるのが何よりも楽しくて仕方ありません。
まるで美術館巡りをしているようです。
僕が道祖神をこよなく愛するのは、道祖神一体一体に古くからその地域に住まう方の愛着や思いといったものが溢れ、風化した姿でさえも、そこに座した歳月を想起させ、そうしたものが渾然一体となって、一つの美術品のような尊いものに感じられるのです。
この入村道祖神は、安永3年(1774)建立だそうです。
安永3年と言えば、杉田玄白が『解体新書』を刊行した年です。
IMG_8496.jpg

こちらの中村道祖神は、文化12年(1815)のもの。
時代は、ロシアやイギリスの軍艦が日本に現れ、国中が騒然としていた頃となります。
200年前の出来事と言われても、僕の感覚としては全くピンときませんが、この道祖神たちはそんな時代をずっと眺めてきたんですよね。
IMG_8497.jpg

菱野集落を抜けて菱野温泉の帰途につきます。
山の方へ向かって、石垣が並ぶ小道を進みます。
IMG_8498.jpg

小道を進むと、地元の人に石尊さんと呼ばれる石碑群に行き着きました。
左から不動明王、御嶽山大権現、石尊大権現、羽黒山大権現とあります。
石尊大権現は、養蚕や農業の神様。
建立は文政6年(1823)だそうです。
文政6年はシーボルトが来日した年となります。
IMG_8499.jpg

最初は、御衣黄を見に行く為のジョギングでしたが、菱野集落の散策はいろいろな発見があって、走り甲斐がありました。


天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


タイトル画像

桜の木の森林限界

2017.05.07(23:39) 739

ゴールデンウィークいかがお過ごしでしたでしょうか?

院長のゴールデンウィークも色々と満喫致しました。
追々、ご報告して参りたいと思います。

まずは連休前の火曜日の事になりますが、桜前線を追ってのジョギングもいよいよ大詰めとなって、この日は湯の丸山に向かって走ってみました。
丁度、新張の交差点から湯の丸高原を経て、群馬県嬬恋村にある鹿沢温泉までの道中、湯道の安全を祈願して道端に百体の観音様が大体100m毎の間隔で並んでいます。

去年の今頃も桜前線を求めて、その湯道にあたる県道94号線を1000mの標高にある二十二番観音まで駆け上がりました。
二十二番観音のある場所は、人造溜池の横堰池の辺りで、訪れた際、周辺にある桜の木が満開となっていました。

今年は、その横堰池まで車で登り、そこから更に上に向かって走る事にしました。
と言う事で、今年は標高1000mからのヨーイ、ドン!です。
IMG_8431.jpg

今年もやっぱり横堰池の桜は見事に花を咲かせていました。
この上の桜は果たして、どんな様子でしょうか?
IMG_8430.jpg

横堰池から程なく行くと、早速二十三番観音(千手観音)がお出迎えしてくれました。
IMG_8432.jpg


二十四番観音(聖観音)
IMG_8433.jpg

二十五番観音(千手観音)
IMG_8434.jpg

麓の一帯は、年間の降水量が少なく、昔から農業用水の確保に諍いが絶えなかったと言います。
湯の丸山から注ぐ所沢川の流れを、この場所に枡を設置して6:4に分け、東側と西側へ過不足のないよう水の供給を配分したと聞きます。

IMG_8435.jpg

この辺りから、一旦緩やかだった傾斜が、グッと傾きを増していきます。
これまでの経験から何も学ぶ事なく、この朝も手袋を着用しないで走り出してしまいました。
日陰に入ると、体感温度が2〜3度低く感じる程、寒さが堪えてきます。
観音様を撮ろうと写真を構える度、手がドンドンとかじかんできて操作がおぼつかなくなってきます。

二十六番観音(千手観音)
IMG_8436.jpg

斜面が急になってくるに従って、道路脇の路肩のスーペースも狭くなってくる為、場合によっては道端の高い所に不意に観音様が鎮座されている事もあり、下ばかり見ていると見落としかねません。

二十七番観音(如意輪観音)
IMG_8437.jpg

スタートから早50m程登ってきた事になります。

二十八番観音(馬頭観音)
IMG_8438.jpg

この辺りから奈良原地区へと入っていきます。
小振りながら桜の木が満開の花を咲かせていました。
IMG_8439.jpg

二十九番観音(馬頭観音)
IMG_8440.jpg

二十九番観音のすぐ上にあった桜の木。
濃いピンク色の桜の木が一際目を引きます。
IMG_8441.jpg

三十番観音(千手観音)
IMG_8442.jpg

節目となる三十番観音は、奈良原温泉あさま苑前となっています。

三十一番観音(十一面観音)
IMG_8443.jpg

三十二番観音(千手観音)
IMG_8444.jpg

三十三番観音(千手観音)
IMG_8445.jpg

三十四番観音(十一面観音)
IMG_8446.jpg

三十五番観音(聖観音)
IMG_8448.jpg

三十六番観音(聖観音)
IMG_8449.jpg

ここにきて、初めて白い木肌の白樺の木を見かけました。
何がどう違うという明確な理由は分からないのですが、明らかにこの地点から周りの山の雰囲気が変わったという感覚がありました。
と同時に、「これから先、おそらく桜の木はないのでは・・・・。」という漠然とした予感めいたものがよぎりました。

三十七番観音(千手観音)
IMG_8450.jpg

奈良原地区を通り過ぎ、民家らしきものは見当たらなくなりました。
普通なら、これだけ時間をかけて登っていれば、身体がドンドン温まってくるはずなのに、登れば登る程、寒さを感じます。
写真を撮る為に、一旦足を止める度、寒くてしょうがありません。
随分前に立ち去ったと思っていた冬将軍は、こんな所でまだ居座っていたようです。
感覚的には、「これは氷点下にいってるのでは!?」と、思う程の冷気に覆われていて、ますます手袋の着用を怠った自分を呪いたくなります。

三十八番観音(聖観音)
IMG_8451.jpg

三十九番観音(如意輪観音)
IMG_8452.jpg

四十番観音(准胝観音)
IMG_8453.jpg

四十一番観音(千手観音)
IMG_8454.jpg

四十二番観音(十一面観音)
IMG_8455.jpg

四十三番観音(聖観音)
IMG_8456.jpg

四十四番観音(如意輪観音)
IMG_8457.jpg

四十五番観音(聖観音)
IMG_8458.jpg

四十六番観音(千手観音)
IMG_8459.jpg

ここから先の観音様は道路端より少し奥まった所にあったりするので、目を凝らして慎重に探していかないと見落としそうになります。
木々も深くなり、登り道はほとんど日陰となります。
常時吹き下ろしの風に晒されている状態でした。
温かいお風呂にすぐにでも浸かりたい気分です。
山の気候を甘く考えてはいけないと言うのは、全くその通りですね。
標高も1300mを超えてきました。

四十七番観音(如意輪観音)
IMG_8460.jpg

四十八番観音(十一面観音)
IMG_8461.jpg

四十九番観音(十一面観音)
IMG_8462.jpg


いよいよ五十番観音到達と言う所で、唐突に道が開けて、大きな木が前方に聳えていました。
IMG_8463.jpg

その木の袂に五十番観音(馬頭観音)があります。
IMG_8464.jpg

かの巨木はシナノキで、通称「弘法大師のさかさ杖」とも呼ばれ「森の巨人たち百選」にも選ばれている銘木だそうです。
弘法大師の杖を逆さに差すとこのシナノキになったという逸話があるそうです。
こんな標高の高い、寒い場所で、これだけ大きな木に成長するだけでも、かなりの生命力が宿っているように思います。
IMG_8467.jpg
IMG_8465.jpg

キリがいい所で、ここで折り返す事に。
帰りは吹き下ろしの風に押されるようにして、下っていきますが、少しでもスピードが早くなると今度は頬に当たる風が痛い程冷たく感じます。

標高1200mの奈良原地区の先端まで下り、集落を巡ってみると、これから開花を迎えるであろう桜の木を見つける事ができました。
どうやら、僕のジョギングコースの中では、この辺りが桜の木の限界高度になるのかも知れません。
IMG_8470.jpg

IMG_8471.jpg


奈良原の集落を後にして、横堰池まで戻ると、先ほどまでの寒さが信じられない位、穏やかな初夏の陽気に包まれていました。
冬→春→初夏をわずか20分位の時間で、目まぐるしく体験してしまった気分です。
もちろん、自宅に着いた早々、すぐに熱いお風呂を湧かして、ひとしきり冷えた身体を温めたのは言うまでもありません。
IMG_8478.jpg


天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


タイトル画像

妙義神社の鬱金桜

2017.05.03(21:19) 738

上信越自動車道で東京に向かう折、長野県から群馬県の境に入ると、突如、迫力ある岩山が迫ってきます。
バスで東京に向かう時、いつも、この風景に暫し圧倒されてしまいます。

丁度、群馬県甘楽郡下仁田町・富岡市・安中市の境界に位置するこの奇岩の名勝地は、日本三大奇景とされる妙義山で、赤城山、榛名山と共に上毛三山の一つに数えられます。

日曜日は、この妙義山の山麓にある妙義神社にお詣りに行ってきました。
遠くから妙義山を臨むと、その稜線がメラメラと燃え立つ炎の様で、山のドッシリと静かに構えたイメージに比べると、非常に動的な印象を山の威容に感じます。
IMG_8371.jpg

上信越自動車道、松井田・妙義ICを下りて5分程車を走らすと、「道の駅みょうぎ」へと到着します。
妙義神社は、一旦そこで車を停めて、歩いてすぐの所にあります。
一足遅く、桜の開花の時期はとうに過ぎてしまっているようでした。
IMG_8374_2017050321431329f.jpg

妙義山の総門。
若葉の繁る中、朱塗りの門が一層鮮やかに映えます。
IMG_8375_201705032143141be.jpg


IMG_8376_20170503214315155.jpg

IMG_8377_20170503214317e54.jpg



妙義神社から妙義山へと登る登山口もあり、道の駅には登山の帰りと思しき格好の人達が、一休みされている所を目にしました。
あの山の姿からも想像できるように、登る場所によっては、かなり登山する人の熟練度を必要とする山でもあり、高所恐怖症の僕は、登りたいと言う気持ちがこれっぽっちも湧いてきません。
妙義山登山の厳しさは、この妙義神社へと続く参道の傾斜を見ても用意に想像がつくと言うものです。
IMG_8381.jpg

IMG_8380.jpg

IMG_8386.jpg

この石段を上っているときですら、怖くて後ろを振り返る事もままなりません。
勇気を出して、撮った1枚。
この山門の高さでもかなり良い眺望なので、山頂に登ったらどんな景色が広がっているのでしょう。
チョットだけ、恐いもの見たさの好奇心が芽生えましたが、それでも高所恐怖症を上回る程ではありませんでした。
IMG_8387.jpg


石段を上って振り返ると、門の向こうには安中の街が広がっていました。
IMG_8394.jpg

門の天井に施された龍の絵も景色同様に迫力があります。
門の彩色や彫刻がどれも鮮やかで目を見張るものがあります。
IMG_8396_20170503215937962.jpg


黒を基調に塗られた本殿。
それを飾る彫刻の美しさがより引き立っています。
何でも日光東照宮を手掛けた彫師の仕事と言われているそうです。
鳥や獅子などの動物の躍動感がもの凄く伝わってきます。
IMG_8392.jpg

IMG_8393.jpg

拝殿の脇にある巨大な紅葉の木。
しばらく眺めていると、緑の中に引き込まれてしまいそうです。
IMG_8407.jpg




本殿から下って、波己曽社(はこそしゃ)まで下りてきました。
妙義神社は、古の時代、波己曽神社と言って、元はこちらの方が本殿であったそうです。
IMG_8384.jpg

IMG_8382.jpg
IMG_8383.jpg


参拝を済ませたら、さらに奥へ進み、宝物殿/御殿を訪れてみる事に。
宝物殿を順路に従って進むと広間へと通じ、そこから庭園を眺める事ができます。
IMG_8416.jpg

庭園には黄色の花を咲かせる珍しい品種の鬱金桜(うこんざくら)が満開となっていました。
ソメイヨシノに比べると開花の時期がちょっと遅めと言う事もあり、ギリギリセーフで花の咲いている所を見る事ができました。
何でもカッパのキャラクターでお馴染みの清酒「黄桜」も、この鬱金桜に因んだ名前なんだそうです。
鬱金桜は、散り際には桃色へと色づき、別名「美人桜」とも呼び、幸せを呼ぶ桜とも言われています。
もうすでに新緑の眩しい妙義山でしたが、春の名残となる鬱金桜にも会えて、あの急な参道を登った甲斐がありました。
IMG_8417.jpg

IMG_8420.jpg

IMG_8423.jpg


天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


最近の記事
  1. 真田本城のツツジ(05/19)
  2. 砥石城(05/12)
  3. 菱野温泉の御衣黄(ぎょいこう)(05/11)
  4. 桜の木の森林限界(05/07)
  5. 妙義神社の鬱金桜(05/03)
次のページ
次のページ