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コクがあるのにキレもある

2009.09.03(23:17) 340

CDなどを中の音楽を聴くことなく、CDの装丁が気に入って購入することをジャケ買い、またはジャケット買いとも言います。
先日少し急ぎの用があって、目的地まで走って向かった事がありました。
無事目的を果たして、ホッとした帰り、ふと本屋の前を通り過ぎると、書棚の一番前にこのような本が並んでいました。

ビールの科学 (ブルーバックス)ビールの科学 (ブルーバックス)
(2009/03/20)
不明

商品詳細を見る


走って汗だくになった状態でこの表紙は反則です。
条件反射的に手に取り、気がついたらレジに並んでいました。

まさに衝動買いとはいえ、その中身はなかなか興味深いもので、日頃ただ流し込むようにして飲んでいるビールですが、この本を読んだ後で飲むとまた違った味わいが出てくるような気がします。

その中でも、良くビールの味を表現するのに使われる「コク」「キレ」ですが、今までは僕も何となくニュアンスで使っていたりしていましたが、この本の中にある具体的な解説によって、ようやくその味のイメージが掴めるようになりました。

ビールのコクとは、香味の強さ(濃さや力強さ)、広がり、ハーモニー(深さやまろやかさ、心地よさ)、ボディー感(飲みごたえ)を表現し、口に含んだ時の香味の総合的な強度を示します。

キレとは、香味の純粋さやシャープさ、軽快感やすっきり感を表現し、飲み込んだ後の香味の持続性や消失の速さを示します。



コク・キレをここまで深く見極めようと思ったことはありませんでした。
本には、今まで人間の感覚のみでこうしたコク・キレの評価をしていた所が、最新の技術を駆使して科学的な定量化が可能になっているという話もあり、まさにビールを片手につまみになるような興味深い話が目白押しになっています。

開発にたずさわる多くの方の苦労を思うと、日頃、飲むほどに正体を無くして「酔っちゃうともう何飲んでも分かんなくなっちゃうのよね~。」と言っている自分が急に恥ずかしく感じてしまいます。



天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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子供と東洋医学

2009.07.17(23:12) 324

お子さんの成長には、時々ビックリさせられることがあります。
つい先日も、先週までは「あ~」「う~」とかしか喋れなかった子が、一週間後に来院してみると、突然「せんせい」とか「はり、やて」等、様々なコミにケーションが成り立つまでに

赤ちゃんの時期は、その成長の割合が一生の内で最も盛んで、体重は1日平均30g前後増加し、身長は1ヶ月で4~5cmは伸びるとされています。
また、身体的な成長だけでなく、生後五ヶ月の段階で、赤ちゃんの脳の血流をfMRI法と言う検査法よって調べてみると、大脳皮質への血流増加が認められ、この頃には言語を獲得していこうという力が備わってきているそうです。
さらに子供の脳の発達は身体の発達よりも更に加速度的に発達し、生後6ヶ月では認識できなかった物体を、僅か2ヶ月の間をおいて、8ヶ月に入れば認識できるようになると言われています。
こうした脳の発達により、赤ちゃんの早い段階で自分と他人を区別し、一歳半ぐらいにもなると他人の好物まで理解するようになると言うことが知られています。

そんな脳の急激な発達を日々遂げようとしている赤ちゃんへの言語能力を促すような働きかけとして
0~4歳くらいの子には
①生後直後からたくさん語りかける
②気が散らない静かな場所で
③子供の興味に合わせる
④短い文章で分かりやすく
⑤ゆっくり大きな声で赤ちゃん言語や擬音語を繰り返し使う
と言うのが、効果的と言うことです。
『ここまできた新常識 赤ちゃん学を知っていますか?ー新潮社ー』



東洋医学では赤ちゃんをどのように捉えているかと言いますと、
東洋医学には五行論という考え方があって、これは自然界の現象、事象を木、火、土、金、水の五つに当てはめて、物事を考えていこうという思想ですが、この五行論によって、人間の一生も説明されています。
人間の誕生は、水の性質を持つ、父親の腎精(精子)と母親の腎精(卵子)が結合することによって始まるものであります。
よって、まだお腹の中で胎児としている時から、生まれて間もない頃は水(腎)の性質が強い時期とされています。
腎水は季節においては冬にあたり、万物が春の芽吹きに備え、じっとその身に栄養を蓄え眠っている時期になります。
胎児や赤ちゃんが一日の内、多くを睡眠の時間に当てるのも、この腎水の性質が働き、睡眠によって身体を成長させているという事に他なりません。
この時期、腎がしっかりと機能を果たせないと、まずは夜泣きと言う形で上手く入眠出来なくなってしまいます。
稀に、発育不全の原因となることがあります。
この頃の睡眠の状態がしっかりと充実したものであれば、それに続く木(肝)の発達時期をスムーズに迎えることが出来ます。
肝木は、季節で言うと冬に続く春にあたり、種の状態から芽が出て一気に伸びていく、成長、発展の時期です。
神経や腱・筋肉が毎日著しく成長し、その影響は第二次成長期と呼ばれる思春期まで続くことになります。
この時期、肝の力が過剰に働きすぎると精神の不安定感、過敏な状態を生み出し、疳が強くなったり、落ち着きがなくなったり、成長痛などと言って、関節が痛くなるなんて言うこともよくあります。
逆に肝に充分な力が宿っていなければ、成長過程にムラがあったり、虚弱体質へと陥りやすくなります。

赤ちゃんから学童期のお子様を治療する時には、特にこの肝・腎の蔵の変動を注意深く観察する必要があります。
幼少期のスタートをいかに充実して過ごせるかによって、後の体質に多大な影響を与えるものになります。

特に幼少期にアトピーや喘息などアレルギーや風邪をひきやすい、おねしょ、夜泣き、疳虫などがある場合は、心身共に充実してくると一旦は良くなっても、年をとってこれらの症状が再燃してくると元の弱さがそのまま表に出てくるため、非常に根深い症状として表れることがあります。

お子さんの治療は、将来の身体作りとと見据えて、定期的な治療を是非お勧めします。



天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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あんずボー

2009.07.09(22:03) 315

先日、ふと立ち寄った駄菓子屋さんで懐かしいものを見つけ、思わず衝動買いをしてしまいました。
皆さんはご存じですか? 
あんずボー
学生時代、母親が段ボールにお米やら野菜やらをつめて、送ってくれました。
その段ボール一杯詰められた品々のデッドスペースを埋めるように、このあんずボーがよく並べられていたものでした。
このあんずボー、チューペットのように凍らして食べるのが何と言っても美味しいのです。
小さい頃から、自宅の冷凍庫でこのあんずボーを見つけようものなら、たちまちの内に2,3本はペロリと食べてしまうくらい大好物でした。

しかし、これって関東の方だけにしかないのでしょうか?
関西出身の下宿仲間に見せても、知らない子がほとんどでした。

そんな下宿友達もこのあんずボーにはまってしまい、僕の実家から荷物が届くと一緒にあんずボーを探すまでに。。。。

これからの季節、うだるような熱さの中で、冷たくて、爽やかな甘味のあんずボーを食べるとホッと一息落ち着くような気がします。
以前のこのブログでもあんずについてご紹介した事がありますが、杏は五果の中の一つで、五行(木、火、土、金、水)のうち火に対応する果物として位置づけられています。
五行の火と言えば、季節的には一番熱の高くなる夏にあたります。
身体の中で一番陽の性質が強く、熱を帯びるとされるのが、心という蔵府になりますが、この夏場は心が一番活発に働く時期でもあり、反面過度な働きによるオーバーヒートや自らの熱と外界の熱とが呼応し、調子を崩す事があります。
そんな時に、食すのが良いとされるのが、この杏になります。
まさにあんずボーは夏にうってつけと言えるかも知れませんね。

ただ、食べ過ぎというのは何においても身体には毒となります。
美味しいからと言って、一日に何本も食べるのはあまり感心しません。。。。。。(汗)

天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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ヒゲのお話

2009.07.02(16:27) 309

何となしにインターネットニュースを流し読みしていましたら、こんな記事を見つけました。

今年の「世界ヒゲ選手権」は米国人男性が制覇、強豪ドイツの牙城崩す。
ここまで髭を伸ばすのは大変だったでしょうね。


昔、海外ドラマで『名探偵ポワロ』という番組が放送されていたことがあります。
僕はこのポワロシリーズが大好きで、主役のエルキュール・ポワロが、「ヘイスティングス!この灰色の脳細胞が~」とお決まりの台詞を決め、難事件を次々と解決していく様を、小学生だった僕はテレビにかじりつくようにして見ていました。
このエルキュール・ポワロ役のデビッド・スーシェが、劇中、クルンと巻いた口髭を撫でる所が本当に印象的で、ポワロという個性を語る上で、欠かせない象徴だったように思います。
一度、偶然にもこのデビット・スーシェの口髭のない状態を目にしてしまった時、「ポワロじゃな~い!」と酷くショックを受けたものでした。
周りでも髭を生やしている人が、ある日突然その髭をそり落としたりしていると、まるで人が変わってしまったように感じてしまう事ってありませんか?
髭はある意味、その人の個性そのものと言えるかもしれません。

しかしヒゲには無精髭などと言うように、のばし放題の手入れされていない髭は概ね女性陣に敬遠されやすいというイメージもあります。
逆にサラッと伸ばした髭に男らしさを感じると言う方もいたりして、人それぞれ感性の違いによって好みに差はあるかとは思いますが、悲しいかな、元の顔立ちの良い人は無精髭でも格好良く見えるのに、一方ではお洒落で生やしているつもりでも周りの人の不興を買ってしまうなんて人もいるかと思います。
自分の器量を秤にかけて考えてみると、伸ばしてみたいと思っても、そこはなかなか難しい問題です。

そんな僕も一時髭に憧れて、学生時代に少しだけ延ばしてみた事があります。
とは言っても、小心者の僕は、学校のない夏休みを利用してこっそり伸ばしていたのですが、丁度お盆の頃に帰省して家族の前に伸ばした髭を披露した際、母親や妹たちには「何だかカビみたい。」と散々酷評され、結局学校が始まる前に綺麗さっぱりと剃ってしまいました。

さてそんなトラウマのある髭についてのお話ですが、一口に“ヒゲ”と言っても伸ばす場所によってちょっとずつ漢字表記が違います。

一般に鼻の下と唇の間に生える毛を口ひげと言って漢字ではとなります。
それに対して頬に生えるヒゲは、顎に生えるヒゲならが当てはまります。
変わったのでは馬などのたてがみを表すもヒゲと読むそうです。

先ほど髭はその人の個性そのものだというお話をしましたが、東洋医学的にも髭と言うのはその人の持つ器量が滲み出るものとして、見た目にも美しい髭というのが大変尊ばれました。
三国志に出てくる豪傑達や項羽、劉邦、はたまた孔子、古代中国の歴史に名を残した偉人達の顔を見ると皆一様に本当に立派な髭を生やしています。
面相学においては、髭の生え方などで、この者は勇者の資質、王者の資質を兼ね備えた髭であると占う事もあるくらいです。
東洋医学で考える髭の生理ですが、これも黄帝内経霊枢の五味五音篇と言う所に記述があります。

黄帝曰、婦人無鬚者、無血気乎。
岐伯曰、衝脉、任脉、皆起於胞中、上循背裏、為経絡之海。其浮而外者、循腹右上行、会於咽喉、別而絡唇口。血気盛則充膚熱肉、血独盛則澹滲皮膚、生亳毛。今婦人之生、有余於気、不足於血、以其数脱血也。衝任之脉、不栄口唇、故鬚不生焉。
黄帝曰、士人有傷於陰、陰気絶而不起、陰不用、然其鬚不去。其故何也。宦官独去何也。願聞其故。
岐伯曰、宦官去其宗筋、傷其衝脉、血写不復、皮膚内結、唇口不栄。故鬚不生。
黄帝曰、其有天宦者、未嘗被傷、不脱於血、然其鬚不生。其故何也。
岐伯曰、此天之所不足也、其任衝不盛、宗筋不成、有気無血、唇口不栄。故鬚不生。


とありまして、要約すると人間の身体には正中腺に走る任脉と衝脉と言う経絡があります。
これらの経絡は非常に血に富んだ経絡と言われていて、その始まりは生殖器から上に昇り、顔面部に於いては顎や口の周りを囲むようにして巡っています。
髭はこの任・衝脉の血を養分として生えるのですが、女性で髭が生えないのは、生理によって一度に大量の血を放出する事になってしまうので、こうした髭の成長に回す分の血が無い為と言っています。
面白いのが、ここに宦官の人が髭が薄いのはどうしてか?という質問がされています。
宦官というのは、昔の中国では宮廷で仕事をする男性は去勢をしなければならず、そうした役職にある人を宦官(かんがん)と言いました。
宦官が髭が薄いのは生殖器を失ったために衝・任脉中の血が巡らずに髭が生えづらくなると言う理由からだそうです。

こういった事を応用して、逆に女性でも口唇周りに産毛が密集しているような方であれば、生理時の経血が上手く排出されず任・衝脉上に血が停滞が生じることによって、全身にもそう言った血が滞りやすいと言った体質が疑われます。

美しい髭が重視されたのも、髭がこうした血の充実度、巡りの度合いを反映していると考えられたからと言えます。

すると、身内にカビのようだと評された僕の髭の立つ瀬がありませんね。トホホ....

天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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善光寺に行ってきました。

2009.05.07(00:20) 296

皆さん、ゴールデンウィークはいかがお過ごしになりましたか? 
僕は、ごのお休みを利用して、田舎の長野に里帰りしたついでに、善光寺参りをしてきました。
一応、長野県に郷里を置いている身ですが、その実、善光寺には一度しか行ったことがありません。
それもまだ小学生くらいの頃でしたので、善光寺の記憶として僕の頭にあるのは、真っ暗な回廊を歩いたと言う程度のものしかありません。

そんな善光寺ですが、何と言っても、今年は七年に一度の「前立本尊」(まえだちほんぞん)のご開帳とあって、このまたとない機会に是非ともそのご尊顔を拝したいと、喜び勇んで出かけたのであります。
とは言っても、連休中は恐らく日本で1,2を争う程の人出が予想される場所だけに、普通の参拝の感覚で迂闊に行こうものなら、大変な目に合うのは想像に難くありません。

そこで、そんな混雑を少しでも回避すべく、前日はお酒を控えめにし、いつもより就寝時間を早め、当日の朝一番の電車に乗って朝7時頃には善光寺に到着できるよう、いつになく用意周到で臨んでいきました。

長野駅から善光寺にいく道すがら、さすがに朝7時ともなると、ひしめき合うお土産さんはまだ開店前であり、行き交う車や歩く人の数もそう多くありません。
善光寺    善光寺

しめしめ、これなら何とかスムーズに参拝できそうだな等といったことを考えながら、善光寺の境内入り口にあたる仁王門をくぐり抜けた瞬間に、始めに思った事がとても大甘だったことを悟りました。
仁王門
仁王門
境内入り口から三門まで、7777枚の石畳が敷きつめてあると言われる約400メートルに及ぶ参道は、すでにたくさんの人に埋め尽くされ、前方に見える三門が遙か霞んで見えます。
ここからが、忍耐との勝負。。。。

1~2分かけて一枚の石畳を進むという、恐るべき牛歩状態の中、いつまで経っても一向に周りの景色が変わった気がしません。
携帯していた文庫本のページはドンドンと巻末に向かってめくられていきます。
回向柱
1時間はゆうに超えるだけの時間をかけて三門をくぐる頃、ようやっと最初のお目当ての回向柱が前方に見えてくるようになりました。
回向柱は、前立御本尊の右の御手と善の綱によって結ばれているので、この柱に触れれば人々は仏様とご縁が出来ると言われ、ご開帳の期間、そのシンボルとしても知られています。
回向柱
長い長い行列の末、僕もようやく仏様とご縁を結ぶことが出来、ホッと一息と言った所です。
・・・・が、行列の本番はむしろこれからだったのです。
この後、本堂に入り前立御本尊にお参りするのに1時間、更にそこから、お戒壇巡りに2時間半。
最後に御印文を頂戴するのに10分並びますとアナウンスされた時は、もうすでに時間の感覚が麻痺しており、たった10分並ぶだけ良いなんてアリガタヤ、アリガタヤという気分になっておりました。
善光寺
一通りお参りを済ます頃には、すっかりお昼過ぎになってしまい、朝よりもまして、大勢の方で境内はごった返していました。
ニュースで報道されていたように、この連休中に200万の人が訪れるとの情報は、伊達ではありませんでした。

帰り道は、さすがにヘトヘトになってしまい、思考能力もかなり落ちていたせいか、妙なハイテンションになっておりました。
参道の途中で見かけた仏様が、奈良のマスコットキャラクターの“せんと君”に似ている事だけで、一人で勝手に盛り上がり、思わず写真を撮っておりました。
長野のせんとくん

想像以上の行列に思いの外疲れはしましたが、並んだ行列の分も含めて、この一日で大変な功徳を積んだのではないだろうかなどと思ってしまいます。
今こうして振り返ってみると、7年に一度の貴重な経験が出来ました。

天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


読書
  1. コクがあるのにキレもある(09/03)
  2. 子供と東洋医学(07/17)
  3. あんずボー(07/09)
  4. ヒゲのお話(07/02)
  5. 善光寺に行ってきました。(05/07)
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