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魔女の一撃(下)~腰痛~

2008.07.03(11:35) 210

腰痛治療において、実際に痛みがある腰周辺の所見を診ることも大事ではありますが、それ以外に腰痛の反応を探る、あるいは治療に欠かせない場所があります。
それは、下腹部にあって、丁度鼠径部と呼ばれる部分であります。
正確には、上前腸骨棘付近と呼ばれる下腹の前面横側に張り出した骨の部分から、恥骨結節という下腹部の底面で骨盤の上際中央に至るまでの間になります。
我々はこの部分を「ムノ」という専門用語で呼んでおりまして、この「ムノ」というのは腰仙部症候群の略符号YSを点字読みした際に付けられたものです。

腰痛の際などには、この鼠径部「ムノ」に著明な緊張や圧痛が現れていることが多く、慢性の腰痛をお持ちの方であれば、この鼠径部に沿って数珠のような凝りが列をなしている場合もよく見受けられます。
また、「ムノ」の所見は、腰痛だけに限ったものでなく、膝の痛みや、股関節の痛み、便秘・生理痛などの反応もよく現れる箇所で、下半身全般に及ぶ症状の診断点・治療点として非常に重要な診所であります。

またこの鼠径靱帯上には、下記に表すように各経絡のツボが所狭しと並んでいます。
ムノ


これら鼠径部にあるそれぞれツボを取り上げて、ひとつひとつ、その由来をみていきますと、
まず下腹部の一番外側にある「五枢」と言うツボの由来は、「五」が「五臓六腑」の「五蔵(肝心脾肺腎)」、「枢」は中枢・枢要という言葉にありますように、五蔵の気が集まる重要な部分であるという意味からきています。
その五枢の下に位置する「維道」には、「維」は連接、「道」は通り道という意味があります。
これは、このツボが足の少陽胆経と腰をグルリと回る帯脈という経絡を繋ぎ、身体正面の気の通り道となっていることによります。
「府舎」は、「府」が集まるという意味を持つほか、「五臓六腑」の「府(胆小腸胃大腸胆膀胱三焦」の気を意味していて、それが「舎」つまりは留まる場所であると言うことなります。
「衝門」は、衝撃・衝動というように、「衝」には突き上げるという意味があり、この辺りは丁度動脈の拍動を触れる部分でもあり、下腿からの足の太陰脾経の経絡がお腹に入り込み、衝門はその門戸となる部分になるわけです。
「気衝」は、衝脉という経絡の出発点であり、この衝脉は身体の血を一身に集め、調整する経絡で女性においては妊娠・月経などに深く関与しています。
「横骨」は、恥骨のことを指し、このツボはその恥骨上に位置していることからこのように命名されています。
「曲骨」も、やはり恥骨のことで、恥骨はその形状が彎曲したもので、ツボの位置がその恥骨上にあるというのを表しています。

これらの経穴は各経絡の流れが様々に交錯している為、気血が集まる要所となり、それだけに経絡上に何らかの障害が起こった場合は、これらの経穴にまず滞りを来しやすいのです。

治療する場合は、ただ痛い箇所、つらい箇所だけに目を向けるのではなく、経絡の流れる道筋や、蔵府の特徴などを考慮しつつ、より多角的な情報を分析して治療を行っていきます。
そう言ったことから、診断治療の際、このナソに目を向けることで多くの臨床的価値を日々見出すことが出来ます。

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魔女の一撃(中)~腰痛~

2008.07.02(23:58) 209

前回のギックリ腰の続きになります。
我々人類は二足歩行となった時から、腰痛は人間の負うべき宿命のようなもので、僕が学ぶ東洋医学の原典と言える黄帝内経の中にも、わざわざ刺腰痛篇という項を設けてまで腰痛の病因とその治療について論じています。
この事からも有史以前から人々が腰痛に苦しんでいたことを窺い知ることが出来るかと思います。
腰は、上半身の重みと地面からの衝撃や下肢の動きを統括する要の部分であり、身体の中心をなす部分であります。
我々の治療において欠かすことの出来ない経絡の走行も、人の身体を縦に貫くもので、多くの経絡の流れが、腰をめぐることとなります。
ですので、経絡を流れる気血の過不足や、あるいはその源となる蔵府の虚実(弱りあるいは亢進・その働きを阻害するものに苛まれている)などの状態が、腰に直接反映しやすいのであります。
そこで、一口に腰痛と言っても病んだ経絡、蔵府によって、様々な症状が引き起こされる事となります。
先ほどご紹介した刺腰痛篇においても、そんな腰痛がどの蔵府経絡の病によってもたらされたかを鑑別し、それに応じた治療のやり方までをも指南しています。
一部を抜粋してみてみますと、

◆足太陽脉令人腰痛、引項脊尻背如重状。
(足の太陽膀胱経の変動によって腰痛となる場合は、背中からお尻にかけて引きつるような痛みがあり、背中に重い物を背負っているような感じである。)

◆少陽令人腰痛、如以鍼刺其皮中、循循然不可俛仰、不可以顧。
(足の少陽胆経の変動によって腰痛となる場合は、皮膚を針で刺されたような痛みがあり、ノロノロとしか動くことが出来ず、俯せや仰向けが出来ない、また左右にひねることが出来ない。)

◆陽明令人腰痛、不可以顧。顧如有見者、善悲。
(足の陽明胃経の変動によって腰痛となる場合は、左右にひねることが出来ない。もし無理にひねるような動きをすれば、痛みの為に目が眩んでしまい、悲嘆にくれるようになってしまう。)

◆足少陰令人腰痛、痛引脊内廉。
(足の少陰腎経の変動によって腰痛となる場合は、背中に響くような痛みが生ずる。)

◆厥陰之脉令人腰痛、腰中如張弓弩弦、
(足の厥陰肝経の変動によって腰痛となる場合は、腰が突っ張って弓の弦を張りつめた様な状態となってしまう。)

と言うように、腰痛という症状一つとっても、東洋医学的に診察していくと様々に分類することが出来るのです。
我々は治療前の問診や、来院された際の患者さんの様子を診ることで、どの臓腑経絡の変動によって起こったかを綿密に診察し、痛みの本丸となる原因をつきとめ、しかるべきツボに鍼やお灸を施さなければなりません。

その際、西洋医学の診断によって仮に椎間板ヘルニアという病名が付けられたとしても、東洋医学的見地で診断をした場合、診断された病名が同じだからといって、すべて同様の治療を行うとは限りません。
同じ病名でも違う経絡の変動として、異なる治療を施したり、また全く違う病名が診断されたとしても、同じ蔵府経絡の変動として捉え、治療を進めることもあります。
東洋医学の利点は、患者さんを病気・病名の型に嵌めて治療を行うのではなく、その人の今表している身体の状態、訴えている症状、本来の体質によって生じやすいトラブルをそれぞれ分析し、その時、その人に一番あった治療方法で治療を行う所にあります。
まさしく一人一人に合わせたオーダーメイドの治療と言えるかも知れません。


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魔女の一撃(上)~腰痛~

2008.06.28(19:03) 207

冒頭から穏やかでない題名ですが、急性腰痛、俗に言う「ギックリ腰」の事を欧米では「魔女の一撃」という表現をします。
今週に入って、この魔女の一撃に見舞われた方の来院や往診の依頼が相次ぎ、腰痛の方に接する機会が何時になくたくさんありました。
このギックリ腰、「魔女の一撃」と言うだけあって、ひとたびこの災難に見舞われると大の大人でも涙をにじます程の激烈な痛みに苦しみ、腰を動かすことが出来ません。
ひどい人では、寝返りも出来ず3日3晩寝たきりの状態を強いられてしまうなどと言う事態に陥ります。
また、少し楽になってきたかなと、無理して動くと、更に腰痛を悪化させたり、これをきっかけにして腰痛が持病になってしまったなどと言うことも多く見られます。

ギックリ腰のきっかけは、何か重い物を持ったり、強い衝撃を受けるなどして腰に相当な負担をかけたときに起こると思いがちですが、実際に患者さんにお話を伺ってみると、
◆顔を洗おうと洗面台に向かって、腰をかがめようとした時
◆歯を磨いていて、口をゆすいではき出そうとした時
◆掃除機をかけている時
◆野球の素振りやゴルフのスイングをした時
◆クシャミや咳をした時
◆買い物袋を持とうとした時
◆車の運転をしている時、もしくは車から降りようとした時
etc...... 
と言った具合に日常生活の些細な動作によって突然生じる場合がほとんどです。
よく、腰痛を予防するに、重い物を持つ時は腰に負担をかけないよう膝を曲げて持ちましょうなんて事を言ったりしますが、こういった事はもう腰痛がある人にとっては多少の意味があるかも知れませんが、大抵の腰痛は心構えのない何気ない所作によって起こりますので、予防等は難しいかと思います。

これらの通称ギックリ腰を来す原因としてまずあげられるのが、筋・筋膜性の腰痛で、腰を構成する筋肉や筋膜、腱などの軟部組織と言われる部分に加わった負荷によって生じた炎症で、これは足首や手首などに起こる捻挫と思えば分かりやすいかと思います。
足首・手首のような捻挫が腰に起これば、腰を構成する軟部組織は身体の大部分を占めており、様々な身体の動きの土台となる部分なので、当然全身を貫くような激烈な痛みに加え、体幹の動きが著しく制限されてしまいます。
また他の原因として、腰骨と腰骨の間にクッションの役割となる椎間板と言う組織があり、この椎間板の真ん中にはゼリー状の髄核と呼ばれるものが存在しています。
この髄核が中心部分から飛び出して、腰骨を縦に走る神経を圧迫する事によって腰痛が起こるようになります。
腰痛に関連してヘルニアと言う言葉を耳にしますが、ヘルニアというのは、突出という意味があり、これはこの髄核が飛び出したという状態を指すもので、これを腰部椎間板ヘルニアと言います。
場合によって、この腰部椎間板ヘルニアは坐骨神経痛を伴い、太ももの裏の突っ張り感、痺れ感、ひどい時には足先に及ぶまでチリチリとした痛みを感じることがあります。
さらには、加齢によって腰骨が変形してくると、変形した骨が丁度棘のように張り出し、ヘルニアと同様に走行する神経を圧迫することで腰痛を来すようになります。
老人の場合は、骨が脆くなり、自らの上半身の重みなどから腰骨の圧迫骨折を起こし、それが原因となる腰痛が出ることもあります。
このようにギックリ腰と言っても、筋肉が由来のものから、椎間板、骨に由来するものなど様々な原因があります。
症状は、ある日突然起こるものですが、その裏には常日頃からその原因となるべき要素が積み重なり、ちょっとした事をきっかけにそれが噴出したに過ぎません。
ギックリ腰はいわば、無理な負担をかけてきた結果、身体があげる悲鳴のようなものです。

魔女に目をつけられないよう、まずは日頃の身体のケアこそが大切です。
「未だ病とならざるを治す」こそが鍼灸の本来の姿ですので、将来こうした身体に起こりえる症状の土台となりえる部分を、治療により見直し、整えることでそれらリスクを軽減させていきます。
身体の不調を、季節のせい、年のせい、仕事のせいだけで納得するのではなく、是非とも、もう一度お体の状態を顧みて頂き、本来の健康体へと改善させるきっかけとして鍼灸治療に足を運んでもらえればと思います。

天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


腰痛
  1. 魔女の一撃(下)~腰痛~(07/03)
  2. 魔女の一撃(中)~腰痛~(07/02)
  3. 魔女の一撃(上)~腰痛~(06/28)