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3月1日は二日灸の日

2006.02.21(10:35) 70

以前もこのブログにて取り上げたのですが、3月1日は二日灸(ふつかやいと)の日です。
旧暦の2月2日と8月2日に当たる日に、お灸をすると普段よりも効能があるとされています。

お灸というと、お年寄りなどが背中にてんこ盛りのもぐさをのっけて、熱さをこらえながら、すえているという光景がすぐに思い浮かぶかも知れません。
もしくは、お仕置きの際に据えられるものというイメージをお持ちの方も多いかと思います。
実際、小さい頃に悪さをして、お灸を据えられたという方などは、お灸に対して相当な恐怖心をお持ちで、その過去のトラウマが、そのまま世間一般のお灸は熱くて、怖いものというイメージに繋がっているようです。

実際、古代の中国ではお灸が刑罰の一つとしてされていたこともあり、「後漢書」という本の中にも、お灸を懲罰として行ってはならないという記述もあります。
医療にしても、懲罰にしても悪い状態を正すという点に関しては、共通するものではありますが、医療で行うお灸にはそのような責め苦を伴うことはありません。
むしろ温かくて気持ちが良いくらいです。

関西の方では、昔から”ちりけのやいと”と言って、小さいお子さんの疳の虫などにお灸をすえると言うことが一般化している地域もあります。
他にもおねしょや喘息などにも、お灸が非常に効果があります。
「やいと」というのは関西方面の方言で、お灸のことを言います。
僕は神奈川で育ったのですが、たまたま鍼灸学校が関西だったので、患者さんにやいとをして欲しいと言われても何のことだかわからず、困ってしまったことがあります。
“やいと”と言うのは「焼き処」から派生した言葉なんだそうです。

最近ではドラッグストアなどにもモグサが置かれるようになって、少しづつですが、お灸治療が受け入れられつつあるのかなという気もしています。

と言うことで、前回の二日灸の日も行いましたので、今回も3月1日に来院いただいた方で、ブログを見たとお申出頂いた方は、鍼灸治療代を500円割引とさせていただきます。

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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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お灸のお話し

2005.10.05(02:47) 24

お灸というと、当然もぐさが必要となるわけですが、このもぐさの原料がヨモギであることを知らない方も結構いらっしゃるようです。
ヨモギというとお団子なんかに練り込んだり、普段何気なく道ばたで目を留める雑草の中の一つと言った感じで、我々にとってはとても身近な草なのではないでしょうか?

もぐさはこうしたヨモギが、大変な手間と労力をかけて作られたものなんです。
単純にヨモギから出来ていると言っても、ヨモギの葉っぱの表面には毛茸(もうじょう)と言って、白い毛のようなものが細かく生えているのですが、もぐさはこの毛茸でも、主に葉っぱの裏側に生えているもので作られています。
このような毛茸は若い葉っぱに多く生えていますので、成長しすぎない内の、初夏の頃には刈り取りをして、冬になるまでずっと日陰干しをして乾燥させておきます。
日陰干しされたヨモギは、薪や木炭などを燃やした火力を利用して、水分が限りなくなくなるまでより一層乾燥させます。
この時、ガスを利用した火力では、ガスそのものに水分が含まれていて、完全にヨモギを乾燥するのには適さないそうです。
そうして乾燥したもぐさは細かく切り刻まれて、石臼で磨り潰され、葉肉や茎の部分と毛茸とを分離させていきます。
次にふるいにかけ、さらに唐箕と言って風の力を利用して、不純物を取り除き、純度の高い毛茸によるもぐさに精製していきます。
この行程の中で、石臼で挽く作業やふるいにかける作業を入念に行うほど極上のもぐさに仕上がります。
純度の高いもぐさとなると、ヨモギの原料に対して、だいたい2%程度のもぐさしか取り出すことが出来ないそうです。
極上のもぐさですえるお灸は、もぐさのキメが細かいので中に空気が入ることがなく、熱くなりすぎずにマイルドな熱さのお灸をすえることが出来ます。
また臭いや煙もそれほどきつくなることはありません。
そうした極上のもぐさは、もぐさ自体が金色に輝くような色をしています。
対して、ヨモギの成分に近い、毛茸の純度が低いもぐさになると、その色は緑色に近く、お灸をした時の臭いや煙も強くなってきます。
不純物が多く混じっているので、中に空気が混じりやすく、燃焼温度も極上もぐさのそれに比べると熱くなりやすいのが特徴です。
我々がお灸をすえる時には、こうしたもぐさの質の違いも考えて、適宜すえる場所、状況に応じて使用するもぐさを変えています。
極上のもぐさは米粒より小さなお灸をする時などは、非常に揉みやすく、触り心地も良いので、恵樹堂でも欠かせないもぐさであります。
最近では、こうしたもぐさを作られる方が少なくなったり、原料のもぐさが不足するなどもあって、極上のもぐさは非常に貴重なものになっています。
たまに道ばたで、ふとヨモギを見かけた時などは、「この量でお灸が一回分くらいかな・・・」というように、つい思ってしまいます。
もぐさにしても鍼にしても、我々の手元にくるまでには多くの方の手を介すことで、初めて扱うことが出来るわけですよね。
道具は心を込めて大切に扱わないといけませんね。

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お灸

2005.09.29(00:45) 20

前回は鍼の話だったので、今度はお灸の話でも・・・と思っていたら、今日偶然に懐かしいものが出てきました。
お灸板

これは学校のお灸の授業の時に使ったベニヤ板です。
学校での最初のお灸の授業は、各自にこのベニヤ板を渡されて、3センチ四方にマス目を入れることから始まりました。
その交点の所に、捻ったもぐさをのせて、お灸をするのです。
まずはこうした平らなものを使ってお灸をすえる練習をします。
我々がすえるお灸だと、“米粒大”と言って米一粒分くらいのものから、“糸状灸”と言って、それこそ糸くずくらいの大きさにもぐさを捻らなければなりません。
当然最初から上手に出来るわけもなく、指が思うように動かなかったり、汗でもぐさが手に張り付いたりしてしまいます。
そうこうして作ったお灸も、とても米粒とは思えないほど大きなものだったり、堅く捻りすぎて、ものすごく熱いお灸となってしまいます。
ですから、写真で見るように交点の所は焦げて真っ黒になっています。
そんな状態ですから、友達同士で練習台になってお灸をする時も、ほとんど根性焼きに近いような、ものすごく熱いお灸を据えたり、据えられたりしました。
今そんなお灸をしていたら、皆さんビックリしてお灸恐怖症になるかも知れませんね(笑)。
お灸にしても、鍼にしても、友達同士で行う場合は、非常に疑心暗鬼にかかりながら練習したものです。
身体のあちこちにお灸による火傷の跡が残っていますが、その一つ一つに、これは彼がすえたお灸痕だとか、こっちのは誰々だというように、当時を偲ぶ、淡い友達との思い出として、それこそ身体に刻まれています。
そんなこんなでベニヤ板での練習を積んだら、今度は紙の上にお灸をすえていきます。
この際、お灸によって紙に穴を開けないようにしなくてはいけません。
どういう事かと言いますと、艾を最後まで燃やすと白い紙であれば、黒く焦げ目が付くのですが、お灸が熱すぎた場合には焦げ目だけでなく、その部分に穴が開いてしまいます。
こういった穴を開けないようにすえなくてはならないので、それこそ米粒大の大きさが少しでも大きくなったり、もぐさを堅く捻れば、たちまち熱くなって紙に穴が開いてしまいます。
実技テストでは10分間に100壮(お灸の場合は1壮〈そう〉、2壮と数えます。)すえなくてはなりません。
その時に、穴が開いたものは1壮としてカウントされないので、ただ数をすえるだけでは駄目なのです。
大概テストとなると、緊張で手に汗をかきながら臨むので、なかなか普段の練習通り力を発揮できないものなんです。
それの次に、ようやく授業の中で人にお灸をすえるようになります。
最終的には、臨床実習で病院や保養施設に訪れる患者さん方にお灸をすえることとなるわけです。

最近では手軽に自宅でもすえれるタイプのお灸が市販されています。
潜在的にこうしたお灸の愛好者というのは結構多いのではないでしょうか?
かの松尾芭蕉も、お灸をすえながら旅を続けたと言います。
昔の人達は旅の道すがら、見知らぬ人と道中を共にしようと思った時には、足の三里にお灸の痕があるかどうかを見た方がいいと言っていました。
何故なら、足の三里に灸をしている人は普段から健康に気を遣っていて、かつ身体も丈夫なので途中で、体調を壊す事は少ないであろうと。
これが灸痕のない様な人であれば、いずれ身体の不調を訴えたりして、その人の分まで自分が面倒を背負い込むことになり大変なこととなるだろうと言う理由から、こうした格言めいた事が言われていたそうです。
さすがに現代となっては、身体にお灸の痕などがある人は僕達のようなものぐらいでしょうね。
お灸に関してはまだまだお話ししたいこともありますので、また日をあらためてお話しできればなあ思っています。

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二日灸

2005.09.03(20:41) 10

二日灸【ふつかきゅう】もしくは【ふつかやいと】とも言います。
ちなみに、似たような感じですが、二日酔いとは全然違います。

俳句をされる方は、季語にこの二日灸があるのでご存じの方も多いかと思います。
これは、旧暦の2月2日と、8月2日に、病気に罹らない元気な身体でいれる様に、この日にお灸をすると言う習わしがありました。
おまじないの一種や、縁起担ぎであったかと思いますが、この日にすえるお灸は、普段すえるお灸よりも非常に効用があるとも言われていました。
最近ではこの二日灸という言葉どころか、お灸をすえると言うこともあまり無くなってしまいましたが、こうした俳句の季語として用いられていたと言うことは、当時の風習として広く定着していたものと思われます。

元の起こりは、節句の一種だったという説と、中国で行われていた【天灸:てんきゅう】から端を発しているとの説もあります。
この天灸は子供の額に×だとか+などを書いて、毎年8月1日もしくは14日お灸をすえて、無病息災を祈ったという習わしがあります。

いずれにせよ、当時の人達の間では、お灸によって気血の滞りを解消し、丈夫な身体を維持しようとしていたわけです。
今ではお灸というと熱いとか、やけどをするまでガマンするとか、お仕置きで懲らしめる為にすえるだとか、どうしてもダーティーなイメージを抱きやすいですが、糸くずくらいな小さなものから、棒状のお灸を近づけて温めるというものなど、決して熱かったり、怖いものなどではありません。
むしろ、温かくて気持ちの良いものです。

今年は8月5日(月)が、この二日灸の日となります。
そこで恵樹堂ではこの習わしにちなんで、この日いらした方で、このブログを読んだという方の治療代を500円引きにさせて頂きます。
是非興味のある方はいらしてみて下さい。

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お灸のお話し
  1. 3月1日は二日灸の日(02/21)
  2. お灸のお話し(10/05)
  3. お灸(09/29)
  4. 二日灸(09/03)