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2005'08.31 (Wed)

ツボの由来〜今日は焼き肉の日〜

色々なツボがある中で、印象に残りにくいツボ、残りやすいツボがあります。
その中で、覚えやすかったツボに“滑肉門穴”と言うものがあります。
まるで“滑肉門“なんて言うと、どこかの焼き肉屋さんにありそうな名前ですよね。
実際、母校の学園祭でもこの名前でお店を出して、牛スジ丼を販売していたクラブがありましたが、味もなかなかの絶品ですぐに完売になっていたようです。

さてこの“滑肉門“は陽明胃経という経絡にあるツボです。
経絡の名前の中に“胃”という名称が見られる様に、胃の腑に繋がっている経絡です。
位置している場所はお腹で、おヘソの上指一本分くらいの高さで、更に指二本くらい横の所にあります。
滑肉門には舌が強張ったりした時などに、その動きを滑らかにしたりするようなときに使うことがあり、その事からこの名前が付いたとも言われています。

しかし僕の場合ですと、このツボを見るといつも焼き肉屋さんを想像して、「気分は焼き肉!」という気持ちになってしまうので、特にはり灸をしなくても舌の動きが滑らかになってくるようです。
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2005'08.29 (Mon)

ツボの由来〜頭が痛い!〜

よく「ツボの数ってどれくらいあるんですか?」と言う質問をされることがあります。
我々が学校の授業で習ったりとか、使用している教科書に載っているツボの数は、全部で361穴あります。
これらのツボというのは、それぞれ身体を縦に走る経絡という道筋があって、その道筋にあるツボの数が361穴と言うことなので、更にこの経絡の道筋に属していないものを数えるとその数は更に倍以上増えることになります。
しかし、何にも置いて、この経絡上にあるツボを把握することが最も重要でありますので、学校ではこれらのツボとその道筋(経絡)をまずはみっちりと覚えることになります。
授業ですから、当然決められた授業時間が設けてあります。
ですからツボを覚えるにしても、割合最初に勉強するツボの流れというのはある程度覚えやすく、やがて後半の方に差し掛かると、テストが近づくことに対しての焦りや覚える内容が多くなる事による面倒臭さが手伝って、おざなりになりやすいものなんです。
学ぶ際には、各経絡毎にツボを覚えていきますので、その経絡の中にあるツボが9穴のものもあれば、一番多いもので67穴覚えなくてはならない経絡もあります。
皮肉なことに、授業の後半なる方にツボの数の多い経絡が割合多いのです。
その中でも少陽胆経というツボの流れは、最後から二番目に覚える経絡で、そのツボの数が44穴もあり、更にその流れる道筋にしても側頭部を複雑に流れる経絡の流れなので、覚えるのに苦労してしまいます。
その経絡の中に懸釐(けんり)と言うツボがあります。
このツボは額の生え際の一番端の部分で、丁度生え際が角になっている部分から僅かに下がった所にあるツボです。
名前を見ただけで、アレルギーが出そうな難しい漢字が並び、場所も髪の毛の中で分かりづらいツボの一つですが、このツボも漢字の意味を知っていると非常に納得する由来があります。
先ず“懸”ですが、県というのは首という字が逆さまになったもの。
そして系はその首をつるした糸で、あまり気持ちのいい話ではないですが、さらし首、特に吊された首を表すものなんです。
漢字の意味としては掲げるとか吊すという意味になります。
そして“釐”という字ですが、上にある末は畑を耕す道具の鍬(すき)をそして右側の攵は手でもって動作をすることを表し、厂は手を表しています。
そして里は整地された田畑の意味になりますので、それらの文字が一つの漢字として成り立つと、家や田を耕すなりして整備をし、村や町を治めるのが幸福になる為の条件であるという考えから、治めるとか幸福というような意味を持っています。
つまりこの懸釐というツボは頭の横にあって、あたかもつり下げられた位置にあり、更に頭痛などの際にこのツボを使ってその痛みが緩和して楽になった(痛みが治まる、痛みが止まれば幸せ)という経験からこの名前が付いたと考えられます。
経験的に、偏頭痛に悩まされる時に、自然とこめかみ辺りにを手やって、抑えたり揉んだりすると思います。
そうやって生み出されたツボがこの「懸釐穴」です。
それにしても、いつの時代も頭痛に悩まされる様なことがあったんですね。
23:22  |  ツボのお話し  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2005'08.27 (Sat)

ツボの由来〜風邪は万病の元〜

ツボの名前に意外に多いのが風のつくツボです。
ザッと挙げてみますと風池(ふうち)、風府(ふうふ)、風門(ふうもん)、風市(ふうし)、秉風(へいふう)と言ったツボがあります。
東洋医学では、ある種の病はこの風というものによってもたらされると考えています。
今に生きる我々も、日常の生活の中で何の気無しに“風邪に罹った”だとか“中風で倒れた”と言う様なことを口にすると思います。
“風邪”と言う単語を分解すると、風と邪と言う言葉が合わさって出来ています。
本来であれば風というのは人間にとって悪いものではありません。
むしろ四季の変化をもたらしたり、生命に成長と変化をもたらす気であります。
しかし、我々の身体が弱っていたり、異常気象等で本来の季節と異なる様な気候であった場合、この風が我々の生きる力を邪魔する“邪”となるのです。
例えば、世間に風邪が流行っていたとして、同じ空間にいるのにカゼなる人、ならない人があります。
この違いは、普段不摂生をしていて、少しづつ生命力を弱めていった結果として、元気な時にはただの風として感じているものが、ある時に邪に変わっていき、いわゆるカゼという症状を引き起こすことになるのです。
あまつさえ、世界的にインフルエンザが猛威を振るっていても、その人の免疫力がしっかりしていれば、そういったウィルスだって寄せ付けない様になるのです。

また風というのは、冷えや湿気、暑さ、乾燥などを伴っていることが多く、非常に多種多様な形で病気を引き起こす原因となります。
そのことからも“風邪は万病の元”を言われる所以が納得いくかと思います。

そして冒頭に挙げたツボを見れば、先人達が風邪によって調子を崩した時の身体の変化を観察し、さらにどうすればそれを治癒せしめるかと頭を悩ましていたかというのが、これらのツボの多さからも見て取れますね。
しかし、一番大切なのは、普段から健康に気を遣い、ただの風を風邪(ふうじゃ)にしない様な心がけが必要なのでしょうね。
暴飲暴食、夜更かしなどはなるべく控えて、心安らかに日々の生活を営む様にしましょう。

自省の意味も込めて・・・・。
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2005'08.26 (Fri)

ツボの由来にまつわるお話し〜中月完〜

東洋医学における人体の捉え方として、縦に12本の気の道筋があると言われています。丁度我々がバスを利用するとして、停留所と停留所を結ぶ道筋が経絡(けいらく)と呼ばれるもので、停留所がツボ(経穴)に当たるわけです。
その12本の道筋は指の先から頭に行ったり、もしくは頭から始まって足の先に到達するものもあります。
だから、手にあるツボを頭痛の時に用いたり、足にあるツボを使って腰の治療をしたりするのです。
更に12本のツボの流れはそれぞれ人体の内部、五臓六腑にその源を発しています。
それとは別に、その五臓六腑には属していないツボの流れというのが9本あります。
前者のツボの流れを正経というのに対して、後者は特殊なツボの流れと言うことで奇経と呼ばれています。その中の任脉(にんみゃく)と督脉(とくみゃく)というのは身体の中心線を縦にめぐるツボの流れで、残りの7本には独自のツボが無く、正経にあるツボを間借りして構成されています。

話が大分長くなってしまいましたが、今日はその内の任脉にある中月完(ちゅうかん)と言うツボを紹介したいと思います。
「中月完穴」というのは丁度お臍と左右の肋骨の合わさるところに胸骨という骨があるのですが、その胸骨の一番下の部分を結ぶ中間に位置しています。
一説には丁度お腹の真ん中にあると言うことから中月完と言う名称が当てられたとも言われています。
ちなみに中“月完”のカンの字は現代使う漢字ではあまり見慣れないものだと思います。そもそも完という字はウ冠に元という字から成り立っています。
元というのは上のーが人の頭で、その下の部分は身体と足を表しています。
つまりもともとの意は円い人間の頭と言うことで、「丸い」という意味を含んでいます。
ちなみに頭というのは一番上にあるものですから、元旦とか元年とか物事の始めを意味する漢字として用いられる様になりました。
それにウ冠が載っかると、丸く取り囲んで、まとめると言う意味になって、完了すると言うことになると、それが仕事なら、まとまれば終了する、つまり完というイメージに繋がってくるのです。
さてさて、大分脱線してしまいましたが、もう一度“月完”という字を見て頂くと、完はまとめるとか丸いと言う意味、月は肉からきていて人間の身体のことを言います。
つまり我々の身体において、食べた物を一カ所にまとめて消化する役割を担う、胃の府がこの“月完”に値するわけです。
そこから“中月完”というと胃の中央部に位置しているツボであるというのが分かるわけです。
更に“中月完穴”の上には“上月完穴”があって、下には一つツボを挟んで“下月完穴”があります。
それぞれのツボは胃の上に位置しているとか、胃の下に位置していますよと言うことになるわけです。
長々となってしまいましたが、ツボの名前はホントに良くできていますね。
23:52  |  ツボのお話し  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2005'08.25 (Thu)

ツボのお話し

最近は東洋医学への関心が高まり、健康雑誌などでも肩凝りに効くツボだとか、腰痛に効くツボとかの紹介がされています。

当然鍼灸を学ぶ為には、ツボ(経穴)に関する授業も受けなければなりません。
そして授業があるからにはテストもあるわけですが、実際のテストでは、箱の中に経穴の名前が書かれたカードが入っていて、その中からアットランダムに5枚取り出して、そのツボの部分にシールを貼るという様なものでした。
運が良ければ5枚とも馴染みの深い、所謂ポピュラーなツボが当たりますし、運が悪ければ実際にほとんど使うことがない様なマイナーなツボを引いてしまうこともあります。
テストに臨む多くの人達は、ただひたすら簡単なツボが当たりますようにと祈るばかりです。

当時は、そのツボの名称を丸暗記するばかりでしたが、しかし一つ一つのツボの名称にはそれぞれ由来があって、ちゃんと意味があるものなんです。
そういったことが分かってくると、非常に一つ一つのツボにも愛着が湧いてくるものです。
その由来の中で一番多いと思われるのが、ツボのある場所がそのまま名称になっているもの。
例えば足三里という有名なツボがありますが、これは膝から足関節までの距離を一尺と仮定して、膝から下に向かって三寸に当たるところ、つまり「10等分した内の上から3分目の所にありますよ」と言うことを示しています。
そして足三里の「里」は集まる等の意味があり、丁度膝から3/10の所で、気の集まりやすいところと言うことになるわけです。

他にもある病気に対してそれを治す時に使うことから由来するものや、気の生理的な反応がその場所に顕現するところから付けられた名称、掘り下げていくとツボも非常に奥深くて、先人達の深い洞察力にただただ感嘆するばかりです。
しばらくの間、そういった面白いツボの由来をいくつか紹介していきたいと思います。

タグ : ツボ 足三里

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2005'08.24 (Wed)

往診カバン

昨夜はものすごい雨でしたね。
丁度、一番雨の激しい時に何軒か往診で回っていたので、ずぶ濡れになってしまいました。

往診と言えば、当初は布製の小物入れに鍼道具一式を詰めて持ち歩いていましたが、今はジェラルミンケースの中身を少し改良して往診鞄としています。
中身がゴチャゴチャにならない様にホームセンターでスポンジを購入して、そのスポンジを底に敷き、もぐさの入れてある容器や灰皿の大きさにくり貫いて、スッポリと収まる様に加工しました。
これによって中身がバラバラになることは無くなりました。
しかし、問題は結構重いと言うことです。

最近は往診や、学会の際などには必ず持ち歩いています。
この前は、学会にてスーツを着てこの鞄を持って歩いていたら、色々な方に冴えないセールスマンの様だと言われました。
別に“冴えない”という表現は必要ないのですが・・・。
824.jpg

タグ : 往診

23:55  |  東洋医学  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2005'08.23 (Tue)

戦国武将の養生訓 山崎光夫著 〈新潮新書〉

最近読んだ本です。
日本医学中興の祖と呼ばれる曲直瀬道三先生に纏わる本です。
曲直瀬と書いて「まなせ」と読みます。
前半部分では、曲直瀬先生の半生を、後半では先生が残された『養生俳諧』や『黄素妙論』等を紹介しております。                               

読んでみると現代に生きる我々にも、非常に教訓になる部分がたくさんあります。
特にこの季節にちなんだ養生の教えとして                                      
 
  夏一季 衛気とたましひ 汗にぬけ 冷物食し 吐瀉の霍乱

夏場は外気の熱気が強く、体内に熱がこもりすぎない様に、毛穴が開いたり、汗を流すなどして身体は放熱する状態になっています。
そういった、熱を体外に出そうとしている状態の身体に対して、体内に冷たい物を過剰に取りすぎると、逆に身体は一気に冷えることとなり、たちどころに嘔吐や下痢などの症状を起こしやすいのです。
曲直瀬先生はこういった養生に関する様々な事柄を俳句形式にして、わかりやすく伝えようとしていたんですね。

昔から健康に関する興味というのは、今と変わらないものですね。
そういった意味で、当時の人の養生に対する考え方に触れることが出来、我々にとっての戒めも多分に含んだ本であると思います。
00:49  |  読書  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
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