天長地久
健康・東洋医学・日々の雑感など徒然と・・・<はりきゅう恵樹堂公式ブログ>
2005'09.29 (Thu)
天高く馬肥ゆる
秋ですね。
今日は空も澄んで気持ちのいい一日でした。

お昼頃に用事があって、外に出ておりました。
その時に空を見上げたら、あんまりにも綺麗だったので一枚撮ってみました。
天高く馬肥ゆる秋にまつわるお話しを少し。
よく木火土金水と言う言葉をお聞きになったことがあると思うのですが、これらは五行と呼ばれ、自然界の基本的な現象や事象をこの五つの要素の中に組み込んで、万物の働きを説明しようとする考え方であります。
木火土金水は四季にも当てはめられていて、春ー木、夏ー火、金ー秋、冬ー水、各季節の18日間(土用)ー土と言うふうに関連づけられています。
同じように五畜と言うものがありまして、昔の人の生活において馴染みの深い動物もこういった五行に当てはめられています。
五畜は木ー鶏、火ー羊、土ー牛、金ー馬、水ー豚と言う組み合わせになっています。
ここで、金に目をやると季節では秋、そして五畜では馬というふうになっています。
つまり馬肥ゆる秋、と言うのも、金という性質を同じくする秋と馬の関連性を示している様に思えます。
もともとこの「天高く馬肥ゆる秋」と言うのは、中国で生まれた故事で、秋になると、逞しくなった馬に乗って北方民族が襲来してくることが多かった為、それに備えた守りを固めましょうと行った内容で使われていたそうです。
我々が、この言葉を聞いてそう感じる必要はありませんが、これからの季節は、日中は過ごしやすい分、朝方や夕方は冷え込みも強くなります。
東洋医学では、乾燥した冷気などを身体に受けた場合、その人が極度に疲れていたり、身体の状態が万全でなかった時には、呼吸器系に関する部分に障害をきたしやすいと考えています。
そう言った意味で、自分の身体の備えをしっかりと固める心づもりは必要かも知れませんね。
今日は空も澄んで気持ちのいい一日でした。

お昼頃に用事があって、外に出ておりました。
その時に空を見上げたら、あんまりにも綺麗だったので一枚撮ってみました。
天高く馬肥ゆる秋にまつわるお話しを少し。
よく木火土金水と言う言葉をお聞きになったことがあると思うのですが、これらは五行と呼ばれ、自然界の基本的な現象や事象をこの五つの要素の中に組み込んで、万物の働きを説明しようとする考え方であります。
木火土金水は四季にも当てはめられていて、春ー木、夏ー火、金ー秋、冬ー水、各季節の18日間(土用)ー土と言うふうに関連づけられています。
同じように五畜と言うものがありまして、昔の人の生活において馴染みの深い動物もこういった五行に当てはめられています。
五畜は木ー鶏、火ー羊、土ー牛、金ー馬、水ー豚と言う組み合わせになっています。
ここで、金に目をやると季節では秋、そして五畜では馬というふうになっています。
つまり馬肥ゆる秋、と言うのも、金という性質を同じくする秋と馬の関連性を示している様に思えます。
もともとこの「天高く馬肥ゆる秋」と言うのは、中国で生まれた故事で、秋になると、逞しくなった馬に乗って北方民族が襲来してくることが多かった為、それに備えた守りを固めましょうと行った内容で使われていたそうです。
我々が、この言葉を聞いてそう感じる必要はありませんが、これからの季節は、日中は過ごしやすい分、朝方や夕方は冷え込みも強くなります。
東洋医学では、乾燥した冷気などを身体に受けた場合、その人が極度に疲れていたり、身体の状態が万全でなかった時には、呼吸器系に関する部分に障害をきたしやすいと考えています。
そう言った意味で、自分の身体の備えをしっかりと固める心づもりは必要かも知れませんね。
2005'09.29 (Thu)
お灸
前回は鍼の話だったので、今度はお灸の話でも・・・と思っていたら、今日偶然に懐かしいものが出てきました。

これは学校のお灸の授業の時に使ったベニヤ板です。
学校での最初のお灸の授業は、各自にこのベニヤ板を渡されて、3センチ四方にマス目を入れることから始まりました。
その交点の所に、捻ったもぐさをのせて、お灸をするのです。
まずはこうした平らなものを使ってお灸をすえる練習をします。
我々がすえるお灸だと、“米粒大”と言って米一粒分くらいのものから、“糸状灸”と言って、それこそ糸くずくらいの大きさにもぐさを捻らなければなりません。
当然最初から上手に出来るわけもなく、指が思うように動かなかったり、汗でもぐさが手に張り付いたりしてしまいます。
そうこうして作ったお灸も、とても米粒とは思えないほど大きなものだったり、堅く捻りすぎて、ものすごく熱いお灸となってしまいます。
ですから、写真で見るように交点の所は焦げて真っ黒になっています。
そんな状態ですから、友達同士で練習台になってお灸をする時も、ほとんど根性焼きに近いような、ものすごく熱いお灸を据えたり、据えられたりしました。
今そんなお灸をしていたら、皆さんビックリしてお灸恐怖症になるかも知れませんね(笑)。
お灸にしても、鍼にしても、友達同士で行う場合は、非常に疑心暗鬼にかかりながら練習したものです。
身体のあちこちにお灸による火傷の跡が残っていますが、その一つ一つに、これは彼がすえたお灸痕だとか、こっちのは誰々だというように、当時を偲ぶ、淡い友達との思い出として、それこそ身体に刻まれています。
そんなこんなでベニヤ板での練習を積んだら、今度は紙の上にお灸をすえていきます。
この際、お灸によって紙に穴を開けないようにしなくてはいけません。
どういう事かと言いますと、艾を最後まで燃やすと白い紙であれば、黒く焦げ目が付くのですが、お灸が熱すぎた場合には焦げ目だけでなく、その部分に穴が開いてしまいます。
こういった穴を開けないようにすえなくてはならないので、それこそ米粒大の大きさが少しでも大きくなったり、もぐさを堅く捻れば、たちまち熱くなって紙に穴が開いてしまいます。
実技テストでは10分間に100壮(お灸の場合は1壮〈そう〉、2壮と数えます。)すえなくてはなりません。
その時に、穴が開いたものは1壮としてカウントされないので、ただ数をすえるだけでは駄目なのです。
大概テストとなると、緊張で手に汗をかきながら臨むので、なかなか普段の練習通り力を発揮できないものなんです。
それの次に、ようやく授業の中で人にお灸をすえるようになります。
最終的には、臨床実習で病院や保養施設に訪れる患者さん方にお灸をすえることとなるわけです。
最近では手軽に自宅でもすえれるタイプのお灸が市販されています。
潜在的にこうしたお灸の愛好者というのは結構多いのではないでしょうか?
かの松尾芭蕉も、お灸をすえながら旅を続けたと言います。
昔の人達は旅の道すがら、見知らぬ人と道中を共にしようと思った時には、足の三里にお灸の痕があるかどうかを見た方がいいと言っていました。
何故なら、足の三里に灸をしている人は普段から健康に気を遣っていて、かつ身体も丈夫なので途中で、体調を壊す事は少ないであろうと。
これが灸痕のない様な人であれば、いずれ身体の不調を訴えたりして、その人の分まで自分が面倒を背負い込むことになり大変なこととなるだろうと言う理由から、こうした格言めいた事が言われていたそうです。
さすがに現代となっては、身体にお灸の痕などがある人は僕達のようなものぐらいでしょうね。
お灸に関してはまだまだお話ししたいこともありますので、また日をあらためてお話しできればなあ思っています。

これは学校のお灸の授業の時に使ったベニヤ板です。
学校での最初のお灸の授業は、各自にこのベニヤ板を渡されて、3センチ四方にマス目を入れることから始まりました。
その交点の所に、捻ったもぐさをのせて、お灸をするのです。
まずはこうした平らなものを使ってお灸をすえる練習をします。
我々がすえるお灸だと、“米粒大”と言って米一粒分くらいのものから、“糸状灸”と言って、それこそ糸くずくらいの大きさにもぐさを捻らなければなりません。
当然最初から上手に出来るわけもなく、指が思うように動かなかったり、汗でもぐさが手に張り付いたりしてしまいます。
そうこうして作ったお灸も、とても米粒とは思えないほど大きなものだったり、堅く捻りすぎて、ものすごく熱いお灸となってしまいます。
ですから、写真で見るように交点の所は焦げて真っ黒になっています。
そんな状態ですから、友達同士で練習台になってお灸をする時も、ほとんど根性焼きに近いような、ものすごく熱いお灸を据えたり、据えられたりしました。
今そんなお灸をしていたら、皆さんビックリしてお灸恐怖症になるかも知れませんね(笑)。
お灸にしても、鍼にしても、友達同士で行う場合は、非常に疑心暗鬼にかかりながら練習したものです。
身体のあちこちにお灸による火傷の跡が残っていますが、その一つ一つに、これは彼がすえたお灸痕だとか、こっちのは誰々だというように、当時を偲ぶ、淡い友達との思い出として、それこそ身体に刻まれています。
そんなこんなでベニヤ板での練習を積んだら、今度は紙の上にお灸をすえていきます。
この際、お灸によって紙に穴を開けないようにしなくてはいけません。
どういう事かと言いますと、艾を最後まで燃やすと白い紙であれば、黒く焦げ目が付くのですが、お灸が熱すぎた場合には焦げ目だけでなく、その部分に穴が開いてしまいます。
こういった穴を開けないようにすえなくてはならないので、それこそ米粒大の大きさが少しでも大きくなったり、もぐさを堅く捻れば、たちまち熱くなって紙に穴が開いてしまいます。
実技テストでは10分間に100壮(お灸の場合は1壮〈そう〉、2壮と数えます。)すえなくてはなりません。
その時に、穴が開いたものは1壮としてカウントされないので、ただ数をすえるだけでは駄目なのです。
大概テストとなると、緊張で手に汗をかきながら臨むので、なかなか普段の練習通り力を発揮できないものなんです。
それの次に、ようやく授業の中で人にお灸をすえるようになります。
最終的には、臨床実習で病院や保養施設に訪れる患者さん方にお灸をすえることとなるわけです。
最近では手軽に自宅でもすえれるタイプのお灸が市販されています。
潜在的にこうしたお灸の愛好者というのは結構多いのではないでしょうか?
かの松尾芭蕉も、お灸をすえながら旅を続けたと言います。
昔の人達は旅の道すがら、見知らぬ人と道中を共にしようと思った時には、足の三里にお灸の痕があるかどうかを見た方がいいと言っていました。
何故なら、足の三里に灸をしている人は普段から健康に気を遣っていて、かつ身体も丈夫なので途中で、体調を壊す事は少ないであろうと。
これが灸痕のない様な人であれば、いずれ身体の不調を訴えたりして、その人の分まで自分が面倒を背負い込むことになり大変なこととなるだろうと言う理由から、こうした格言めいた事が言われていたそうです。
さすがに現代となっては、身体にお灸の痕などがある人は僕達のようなものぐらいでしょうね。
お灸に関してはまだまだお話ししたいこともありますので、また日をあらためてお話しできればなあ思っています。
2005'09.27 (Tue)
鍼と針
まだ鍼治療を受けたことがない人などは、恐らく“はり”という言葉を聞いただけで「痛い!」というイメージを持たれるのではないでしょうか?
“はり”なんて聞くと、多くの方がこちらの“針”の字を想像するかと思います。
針という漢字から受けるイメージというのは、病院の注射針だとか、裁縫に使う針、もしくは釣り針等を考えてしまうので、治療で用いる“はり”もそれらのものと同様の形状あろうと思っておられる方も多いかと思います。
結果、「“はり”は痛い。」とか「“はり”を刺すと血が吹き出す。」という先入観に繋がってくるのではないかと思います。
しかし、我々が使う教科書や古来から伝わる文献などには“針”ではなくて“鍼”という字が多く使われています。
ただ、この“鍼”という字は、一般ではあまり見慣れないし、“はり”という風に読めない方も沢山いらっしゃるのではないでしょうか?
それに“針”が“鍼“になったと言っても、漢字そのものから受けるイメージは、却って難しい字になったことで、益々はり治療から敬遠したくなりそうです。
そういったこともあって、現在、恵樹堂では平仮名で“はり灸”と言う風に標榜しています。
実際に、「“鍼“と“針“はどう違うのか?」「鍼という漢字が難しいので、分かりやすく針という風に簡素化されたのではないか?」と言われた時に、僕自身、返答に困ってしまったことがあります。
学生時代には、“鍼”は治療で使うはり、“針”の方は裁縫などで使うはりという風に言われたこともありますが、それだけではなかなか納得しづらいとことと思います。
そこで、針と鍼をそれぞれの字の成り立ちに目を向けてみますと・・・・、
まず、針の字は金偏に十という字で出来上がっています。
ここでの十は数字の10ではなく、辛のことであると思われます。
辛という字は、昔、入れ墨を彫る時に用いられた針の形であります。
つまり、金と十で針そのもののを指すことになるわけです。
では、鍼はと言うと、金偏に咸という字から成り立っています。
この咸という字は、口と戉(ほこ・まさかり)によって形成されています。
この中で口というのは、誓いの言葉や祈りの言葉を収める器を表しています。
その器に聖器である戉を加えて、中の言葉を守る(封をする)という意味になります。
つまりは咸という字で“封じ込める”とか“塞ぐ”などと言う様な意味を持つことになります。
この場合、僕なりの解釈になってしまうので、本当のところはちょっと曖昧なのですが、鍼と言うのが病邪を封じ込めて、病に侵されている身体を健康体に戻すという役割を担うことからこの鍼という字が使われているのではないかと思います。
ただ針を刺すと言うだけではなくて、そこには病気にて身体に生じた問題を、鍼を刺すことによって改善させるという目的があるわけです。
鍼が怖いので、身体が辛くてもなかなか鍼灸治療を受けてみようと思えない方こそ、是非、はり治療を体感して頂きたいと思います。
鍼にも色々な種類がありますが、現在主に使われている鍼は、それこそ髪の毛の細さぐらいのもので、注射針や裁縫針とは比べものにならないくらい細いですし、まして痛いとか怖いなどと言うことはありません。
少しでも多くの方が、町で“鍼”という字を見かけても、すぐ“はり”と言うふうに読んで頂けるよう、日々、皆様の健康に貢献していきたいと思っております。
“はり”なんて聞くと、多くの方がこちらの“針”の字を想像するかと思います。
針という漢字から受けるイメージというのは、病院の注射針だとか、裁縫に使う針、もしくは釣り針等を考えてしまうので、治療で用いる“はり”もそれらのものと同様の形状あろうと思っておられる方も多いかと思います。
結果、「“はり”は痛い。」とか「“はり”を刺すと血が吹き出す。」という先入観に繋がってくるのではないかと思います。
しかし、我々が使う教科書や古来から伝わる文献などには“針”ではなくて“鍼”という字が多く使われています。
ただ、この“鍼”という字は、一般ではあまり見慣れないし、“はり”という風に読めない方も沢山いらっしゃるのではないでしょうか?
それに“針”が“鍼“になったと言っても、漢字そのものから受けるイメージは、却って難しい字になったことで、益々はり治療から敬遠したくなりそうです。
そういったこともあって、現在、恵樹堂では平仮名で“はり灸”と言う風に標榜しています。
実際に、「“鍼“と“針“はどう違うのか?」「鍼という漢字が難しいので、分かりやすく針という風に簡素化されたのではないか?」と言われた時に、僕自身、返答に困ってしまったことがあります。
学生時代には、“鍼”は治療で使うはり、“針”の方は裁縫などで使うはりという風に言われたこともありますが、それだけではなかなか納得しづらいとことと思います。
そこで、針と鍼をそれぞれの字の成り立ちに目を向けてみますと・・・・、
まず、針の字は金偏に十という字で出来上がっています。
ここでの十は数字の10ではなく、辛のことであると思われます。
辛という字は、昔、入れ墨を彫る時に用いられた針の形であります。
つまり、金と十で針そのもののを指すことになるわけです。
では、鍼はと言うと、金偏に咸という字から成り立っています。
この咸という字は、口と戉(ほこ・まさかり)によって形成されています。
この中で口というのは、誓いの言葉や祈りの言葉を収める器を表しています。
その器に聖器である戉を加えて、中の言葉を守る(封をする)という意味になります。
つまりは咸という字で“封じ込める”とか“塞ぐ”などと言う様な意味を持つことになります。
この場合、僕なりの解釈になってしまうので、本当のところはちょっと曖昧なのですが、鍼と言うのが病邪を封じ込めて、病に侵されている身体を健康体に戻すという役割を担うことからこの鍼という字が使われているのではないかと思います。
ただ針を刺すと言うだけではなくて、そこには病気にて身体に生じた問題を、鍼を刺すことによって改善させるという目的があるわけです。
鍼が怖いので、身体が辛くてもなかなか鍼灸治療を受けてみようと思えない方こそ、是非、はり治療を体感して頂きたいと思います。
鍼にも色々な種類がありますが、現在主に使われている鍼は、それこそ髪の毛の細さぐらいのもので、注射針や裁縫針とは比べものにならないくらい細いですし、まして痛いとか怖いなどと言うことはありません。
少しでも多くの方が、町で“鍼”という字を見かけても、すぐ“はり”と言うふうに読んで頂けるよう、日々、皆様の健康に貢献していきたいと思っております。
2005'09.22 (Thu)
夢のお話し
問診の中で、睡眠についてお伺いする時、「よく夢を見るとか。」「夢見が悪くて、寝た気がしない。」などと言われることがあります。
我々の教科書とも言える本の一つに黄帝内経という本があります。
この中に“淫邪発夢篇”と言う項があって、この中に気血の偏在によって起こる夢や五臓六腑の変動によって見る場合の夢がどんなものであるかという内容が載っています。
例えば気が身体の上部に偏ってしまっている場合には飛翔する夢を見るとか、その逆に身体の下部に偏ってしまった場合は、墜落する夢を見るなどとあります。
現代にいたって、このような事柄がそのまま当てはまるものでもありませんが、臓腑の変動をうかがい知る一つの参考として内容をお聞きすることもあります。
夢という言葉を使う時、「夢を抱く。」とか「夢に向かって頑張る。」と言う風に使うこともあります。
この場合、夢という言葉に対して、現代に生きる我々が考えるイメージというのは、未来の希望とか光に満ちた将来と言ったニュアンスを我々は抱いていると思います。
しかし、大昔では違う使われ方をしていたようです。
夢の元の形というのは、ベットの上に角を生やしたような人が横たわっている状態を表したものです。
この角を生やしたような人というのは、巫女(みこ)の様な存在の人で、当時は国同士の諍いや権力闘争になった際、これらの巫女さんがその相手(敵)に対して呪いをかけていたそうです。
そのかけられた人が、夜ごと自分の睡眠中に投影された映像こそが、呪いをかけられた結果として見させられていた夢であったわけです。
昔の権力者などが不審な死を遂げた時などは、こういった呪いをかけられたのではないかと疑っていたようです。
夢にうなされて死んでしまうことを薨(こう)と言う漢字で表現されていることからも窺い知ることが出来ると思います。
これは夢という字の夕の字の代わりに死という字を当てはめて形作られています。
実際に夢というのは不思議なもので、夢枕に親しい人が出てきた、その翌日にその方の急逝を知るとか言うようなこともよく耳にしますし、昔話の中にも、夢でお告げがあって、そのお告げに通りに行動することで、人生の転機を得たなどという話もあります。
人間にはまだまだ隠された特殊な感覚というのが眠っているのかも知れませんね。
夢なだけになかなかそのような能力というのは目覚めないのかもしれませんが・・。
我々の教科書とも言える本の一つに黄帝内経という本があります。
この中に“淫邪発夢篇”と言う項があって、この中に気血の偏在によって起こる夢や五臓六腑の変動によって見る場合の夢がどんなものであるかという内容が載っています。
例えば気が身体の上部に偏ってしまっている場合には飛翔する夢を見るとか、その逆に身体の下部に偏ってしまった場合は、墜落する夢を見るなどとあります。
現代にいたって、このような事柄がそのまま当てはまるものでもありませんが、臓腑の変動をうかがい知る一つの参考として内容をお聞きすることもあります。
夢という言葉を使う時、「夢を抱く。」とか「夢に向かって頑張る。」と言う風に使うこともあります。
この場合、夢という言葉に対して、現代に生きる我々が考えるイメージというのは、未来の希望とか光に満ちた将来と言ったニュアンスを我々は抱いていると思います。
しかし、大昔では違う使われ方をしていたようです。
夢の元の形というのは、ベットの上に角を生やしたような人が横たわっている状態を表したものです。
この角を生やしたような人というのは、巫女(みこ)の様な存在の人で、当時は国同士の諍いや権力闘争になった際、これらの巫女さんがその相手(敵)に対して呪いをかけていたそうです。
そのかけられた人が、夜ごと自分の睡眠中に投影された映像こそが、呪いをかけられた結果として見させられていた夢であったわけです。
昔の権力者などが不審な死を遂げた時などは、こういった呪いをかけられたのではないかと疑っていたようです。
夢にうなされて死んでしまうことを薨(こう)と言う漢字で表現されていることからも窺い知ることが出来ると思います。
これは夢という字の夕の字の代わりに死という字を当てはめて形作られています。
実際に夢というのは不思議なもので、夢枕に親しい人が出てきた、その翌日にその方の急逝を知るとか言うようなこともよく耳にしますし、昔話の中にも、夢でお告げがあって、そのお告げに通りに行動することで、人生の転機を得たなどという話もあります。
人間にはまだまだ隠された特殊な感覚というのが眠っているのかも知れませんね。
夢なだけになかなかそのような能力というのは目覚めないのかもしれませんが・・。
2005'09.20 (Tue)
ホームページ
やっとホームページのリニューアルが出来ました。
・・・と言っても、まだ一部工事中の所もありますので、完成とは言えませんが・・・。
とにかく、秋らしいイメージでリニューアルしたので、これ以上先送りすると、あっという間に冬が来てしまって、リニューアル、一転、ものすごく季節外れなものになってしまいそうでしたので、完成を急ぎました。
突貫工事の感は否めませんので、お見苦しい文章だったり、誤字脱字等があるかも知れません。
少しづつ体裁を整えて参りますので、ご容赦の程。
最初の予定では、こまめにコラムも書いていこうと思っていましたが、気が付けばホームページ開設から今の時期までまだ2つしか書いていませんでした。
今回新しく“アスリートとコンディショニング”というのをアップしてみましたので、興味を持たれた方は是非ご覧頂けると嬉しいです。
高校時代から陸上をしていて、鍼灸によってスポーツ選手の体調管理にも寄与していきたいと思ったことから、この職業に就いたのがきっかけでしたので、こんな題名になっています。
でも中身は東洋医学的なものもごっちゃに入り、まとまりのない文章になってしまいました。
書きたいこと、日々思うことはたくさんあるのですが、元来筆まめでもなく、取り立てて文才があるわけでもないので、今のところ3ヶ月に一回更新するのが精一杯と言った所でしょうか。
・・・と言っても、まだ一部工事中の所もありますので、完成とは言えませんが・・・。
とにかく、秋らしいイメージでリニューアルしたので、これ以上先送りすると、あっという間に冬が来てしまって、リニューアル、一転、ものすごく季節外れなものになってしまいそうでしたので、完成を急ぎました。
突貫工事の感は否めませんので、お見苦しい文章だったり、誤字脱字等があるかも知れません。
少しづつ体裁を整えて参りますので、ご容赦の程。
最初の予定では、こまめにコラムも書いていこうと思っていましたが、気が付けばホームページ開設から今の時期までまだ2つしか書いていませんでした。
今回新しく“アスリートとコンディショニング”というのをアップしてみましたので、興味を持たれた方は是非ご覧頂けると嬉しいです。
高校時代から陸上をしていて、鍼灸によってスポーツ選手の体調管理にも寄与していきたいと思ったことから、この職業に就いたのがきっかけでしたので、こんな題名になっています。
でも中身は東洋医学的なものもごっちゃに入り、まとまりのない文章になってしまいました。
書きたいこと、日々思うことはたくさんあるのですが、元来筆まめでもなく、取り立てて文才があるわけでもないので、今のところ3ヶ月に一回更新するのが精一杯と言った所でしょうか。
2005'09.17 (Sat)
へそが茶を沸かす
今日は“おへそ”のお話しです。
色々な訴えで、はりやお灸をすることがありますが、中にはおへそがジュクジュクしてしまうと言うことで治療をすることがあります。
“おへそ”もツボの一つで、神闕(しんけつ)という名前があります。
とは言っても、おへそにハリをすると言うよりは、他のお腹にあるツボの目安としたり、治療によって起こる身体の変化をおへその形から読み取ったりする場合に、この神闕に着目することがほとんどです。
しかし時には、慢性的な下痢が続く場合、“塩灸”と言っておへそに粗塩を盛り、その上にもぐさを置き温めたりすることもあります。
元々、おへそには、母親の胎盤と繋がるへその緒が延びていました。
我々の胎生時には、へその緒を通して母体から酸素や血液などの供給をうけ、母親のお腹の中で養われていくのです。
ですから、神闕の神というのは、母親との生命(神気)の交流をしていたことを表しています。
また闕の字は凵の形に凹んでいると言う意味を持ち、おへその形状を表しています。
おへそは我々が母親の中で養われていた頃、命の交流が為される門戸であったわけです。
そう考えると、自分のおへそでもとても愛しさを感じてしまう気がしますね。
ところで、おへそは漢字で書くと“臍”と書きますよね。
漢字で書くと急に難しい字になってしまって、普段馴染みの“おへそ”もちょっと近寄りがたい感じになります。
右側に位置する齊の字ですが、元の原形は◇の形のものが三つ並んだ様を表すことから始まっています。
この◇が何であるかと言うと、かんざしの様な装飾品とも稲穂などが並んでいる状態であるとも言われていますが、要はそれら◇のものが、きちんと並べられている状態を表すものと言われています。
ですから齊には“きっちりと揃った”とか、“整然と並んでいる”と言った意味を持っています。
また齊は斉の原字ともなっています。
例えば、この斉の字が含まれている剤と言うのは、一服ずつ分量を量って(分量をきちんと揃えて)薬を調合した“薬剤”という使われ方をします。
東洋医学ではこの臍が体の中心にすえられて、そこから上下左右が位置づけられていると考えています。
そのことが、“上下左右の位置を明確にして、きっちりと揃える場所”と言うことになって、この齊の字が当てられているのです。
やはり体の中心たるおへそだからこそ、胎児と母体とを結ぶ命綱がここにきているわけですね。
ちなみに「臍が茶を沸かす」と言うと、腹がよじれるほど大笑いすると、あたかも臍から沸騰してお腹が沸き立つ様に見える所から、この言葉が生まれたそうです。
小さい頃に、友達にこの言葉を言われて(多分その子も意味も分からず使っていたと思うのですが・・・)、実際に自分のおへそに水を入れたヤカンを置いてみたことがありましたが、湯が沸くどころかお腹が冷たくなって気持ち悪くなった覚えがあります。
やはりおへそはお灸が良さそうですね。
色々な訴えで、はりやお灸をすることがありますが、中にはおへそがジュクジュクしてしまうと言うことで治療をすることがあります。
“おへそ”もツボの一つで、神闕(しんけつ)という名前があります。
とは言っても、おへそにハリをすると言うよりは、他のお腹にあるツボの目安としたり、治療によって起こる身体の変化をおへその形から読み取ったりする場合に、この神闕に着目することがほとんどです。
しかし時には、慢性的な下痢が続く場合、“塩灸”と言っておへそに粗塩を盛り、その上にもぐさを置き温めたりすることもあります。
元々、おへそには、母親の胎盤と繋がるへその緒が延びていました。
我々の胎生時には、へその緒を通して母体から酸素や血液などの供給をうけ、母親のお腹の中で養われていくのです。
ですから、神闕の神というのは、母親との生命(神気)の交流をしていたことを表しています。
また闕の字は凵の形に凹んでいると言う意味を持ち、おへその形状を表しています。
おへそは我々が母親の中で養われていた頃、命の交流が為される門戸であったわけです。
そう考えると、自分のおへそでもとても愛しさを感じてしまう気がしますね。
ところで、おへそは漢字で書くと“臍”と書きますよね。
漢字で書くと急に難しい字になってしまって、普段馴染みの“おへそ”もちょっと近寄りがたい感じになります。
右側に位置する齊の字ですが、元の原形は◇の形のものが三つ並んだ様を表すことから始まっています。
この◇が何であるかと言うと、かんざしの様な装飾品とも稲穂などが並んでいる状態であるとも言われていますが、要はそれら◇のものが、きちんと並べられている状態を表すものと言われています。
ですから齊には“きっちりと揃った”とか、“整然と並んでいる”と言った意味を持っています。
また齊は斉の原字ともなっています。
例えば、この斉の字が含まれている剤と言うのは、一服ずつ分量を量って(分量をきちんと揃えて)薬を調合した“薬剤”という使われ方をします。
東洋医学ではこの臍が体の中心にすえられて、そこから上下左右が位置づけられていると考えています。
そのことが、“上下左右の位置を明確にして、きっちりと揃える場所”と言うことになって、この齊の字が当てられているのです。
やはり体の中心たるおへそだからこそ、胎児と母体とを結ぶ命綱がここにきているわけですね。
ちなみに「臍が茶を沸かす」と言うと、腹がよじれるほど大笑いすると、あたかも臍から沸騰してお腹が沸き立つ様に見える所から、この言葉が生まれたそうです。
小さい頃に、友達にこの言葉を言われて(多分その子も意味も分からず使っていたと思うのですが・・・)、実際に自分のおへそに水を入れたヤカンを置いてみたことがありましたが、湯が沸くどころかお腹が冷たくなって気持ち悪くなった覚えがあります。
やはりおへそはお灸が良さそうですね。
2005'09.15 (Thu)
ハロウィン
2005'09.14 (Wed)
徳川将軍家十五代のカルテ 篠田達明著<新潮新書>
久々にホームページのトップページを変えてみました。
後は中身にも少し手を加えて、内容ももう少し充実したものにしたいなあと思っています。
やろうと思った時に出来ないと、いつも後回しになってしまうので、何とか暇を見つけてリニューアルを行いたいと思います。
今回読んだ本は、徳川将軍家の死因を分析することで、その死因の背景にあったものや当時行われていた医療の一端についても興味深くうかがい知ることが出来、非常に面白い本だと思います。
その中で、徳川綱吉の治療にあたった鍼灸師、杉山和一検校が登場してきます。
検校と言うのは、視覚障害者に与えられた最高の官位で、有名な所では京都のお菓子の元にもなった近世筝曲の開祖と呼ばれる八橋検校がいます。
杉山検校は、日本独自の鍼の打ち方でもある管鍼法を編み出した事でも知られ、近世鍼灸の隆盛に多大な影響を及ぼした人物でもあります。
本の中では杉山検校についてわずか触れる程度でしたが、もう少し補足すると綱吉のぶらぶら病(今で言うノイローゼ、精神薄弱?に近いものだと思うのですが・・)の治療を行い、非常に効果があったことから、その後も綱吉の絶大な信頼を得て、重用されるに至りました。
杉山検校自身は、自らが管鍼法を編み出すきっかけとなった地、江ノ島弁財天に足繁く詣でていましたが、その身を案じた綱吉の計らいによって、本所一ツ目の場所に江ノ島弁財天を模した弁財天が建立されました。
それが現在、墨田区千歳にある杉山神社です。
当時はこの場所が、鍼灸師の育成の為の学校ともなり、数多の鍼灸師の卵達がここで学んだことと思います。
鍼灸学校の頃から、この場所には一度行ってみたいと思っていましたが、念願かなって、今年の初詣はこの杉山神社に詣でることが出来ました。
写真はその時に撮影したものです。
今度は是非江ノ島の弁財天にもお参りしてこようと思っています。

後は中身にも少し手を加えて、内容ももう少し充実したものにしたいなあと思っています。
やろうと思った時に出来ないと、いつも後回しになってしまうので、何とか暇を見つけてリニューアルを行いたいと思います。
今回読んだ本は、徳川将軍家の死因を分析することで、その死因の背景にあったものや当時行われていた医療の一端についても興味深くうかがい知ることが出来、非常に面白い本だと思います。
その中で、徳川綱吉の治療にあたった鍼灸師、杉山和一検校が登場してきます。
検校と言うのは、視覚障害者に与えられた最高の官位で、有名な所では京都のお菓子の元にもなった近世筝曲の開祖と呼ばれる八橋検校がいます。
杉山検校は、日本独自の鍼の打ち方でもある管鍼法を編み出した事でも知られ、近世鍼灸の隆盛に多大な影響を及ぼした人物でもあります。
本の中では杉山検校についてわずか触れる程度でしたが、もう少し補足すると綱吉のぶらぶら病(今で言うノイローゼ、精神薄弱?に近いものだと思うのですが・・)の治療を行い、非常に効果があったことから、その後も綱吉の絶大な信頼を得て、重用されるに至りました。
杉山検校自身は、自らが管鍼法を編み出すきっかけとなった地、江ノ島弁財天に足繁く詣でていましたが、その身を案じた綱吉の計らいによって、本所一ツ目の場所に江ノ島弁財天を模した弁財天が建立されました。
それが現在、墨田区千歳にある杉山神社です。
当時はこの場所が、鍼灸師の育成の為の学校ともなり、数多の鍼灸師の卵達がここで学んだことと思います。
鍼灸学校の頃から、この場所には一度行ってみたいと思っていましたが、念願かなって、今年の初詣はこの杉山神社に詣でることが出来ました。
写真はその時に撮影したものです。
今度は是非江ノ島の弁財天にもお参りしてこようと思っています。

2005'09.10 (Sat)
陰と陽のお話し〜日向と日陰〜
陰と陽なんて言うとすごく堅っくるしい感じがします。
だからもっとかみ砕いて考えてみましょう。
以前にもお話ししましたが、元々東洋思想の成り立ちは、我々が生きている自然界に法則性を見いだして、それを生活に取り入れようとした所から始まったと考えられます。
人間はある時期、狩猟生活から脱却して、自ら土地を耕し、穀物などを生産することによって安定的に食料を確保できるようになりました。
それによって人口の数も次第に増えていくようになり、さらに恒常的に食料を生産し続ける必要に迫られるわけです。
そうした中で、如何に農耕によって効率よく生産性を高めるかが、課題になってくるわけです。
そうなると作物を育てる上で必要不可欠なのは、土と水そして日光です。
特に日光が当たる場所、当たらない場所によって、作物の育ち方に多大な影響を与えます。
今でも日照権の問題が取りざたされていますが、大きなビルが建ったら今まで日当たりが良かった所が急に暗くなって、洗濯物が乾かなくなったり、家の中が陰気くさくなったりして、住む環境ががらっと変わってしまい、住んでいる人の体調までも崩してしまうなんて事も良く耳にします。
住む上で、我々が日光というものに如何に影響され、恩恵を受けているかがわかるかと思います。
ここで“陽”という漢字を見ていくと左の「こさとへん」は阜(丘)を表しています。
そして“昜”の部分ですが、これは“日”の下に、下から高い所に昇る、もしくは高い所に達するという意味の“Т”という印が下に入り、これらの文字が変化して昜という字になりました。
そして左右の文字が合わさると、“日が当たる高い台地”を表すことになります。
それが派生して、明るいとか開くという意味を含む文字となりました。
次に“陰”という漢字では、同じように「こさとへん」は、丘を表しています。
右側の今と云ですが、“今”というのはこの陰という字の音符になっていて、この今が音符になっている字には、概ね中に含むという意味があります。
そして云というのは雲を表していて、日の光を遮るとか、水蒸気が立ちこめてうっとおしい様を表します。
結果、“日が当たらない大地”ということで、暗いとか閉ざされたといった意味になるわけです。
つまり、漢字の成り立ちから考えると、陰陽というのは、地上における太陽光がどういう状態であるかを表していることになります。
やはり古代人にとって日の当たる場所(日向)、当たらない場所(日陰)というのは、生活を営む(農耕を行う)上で重要な死活問題であったわけです。
さらに、今まで話してきた陰陽というのは、単純に日向と日陰といった対立して存在するものが組み合わさっているだけですが、この世の中は同じように対立するものがそれぞれに存在しています。
それは男と女だったり、表と裏、前と後というようなものなど、考えていけばきりがなくなりますが、それらを総括して、陰陽という枠に組み込んでいったのです。
ですから、陰陽というのは別に難しいことではありません。
全てこの日向と日陰のような真反対の異なる性質のものを、片や陽、もう一方を陰と言うふうに置き換えただけなんですね。
そうすると、この世界の物、出来事、変化をすべて陰陽で分けることも出来るわけです。
陰陽の考え方は医学だけでなく、風俗、習慣、政治、経済、天文学のあらゆる分野にも応用されています。
簡単に解説しようとしたんですが、何だか難しくなってしまいましたね・・・・。
このお話はもう少し長くなりそうです。
だからもっとかみ砕いて考えてみましょう。
以前にもお話ししましたが、元々東洋思想の成り立ちは、我々が生きている自然界に法則性を見いだして、それを生活に取り入れようとした所から始まったと考えられます。
人間はある時期、狩猟生活から脱却して、自ら土地を耕し、穀物などを生産することによって安定的に食料を確保できるようになりました。
それによって人口の数も次第に増えていくようになり、さらに恒常的に食料を生産し続ける必要に迫られるわけです。
そうした中で、如何に農耕によって効率よく生産性を高めるかが、課題になってくるわけです。
そうなると作物を育てる上で必要不可欠なのは、土と水そして日光です。
特に日光が当たる場所、当たらない場所によって、作物の育ち方に多大な影響を与えます。
今でも日照権の問題が取りざたされていますが、大きなビルが建ったら今まで日当たりが良かった所が急に暗くなって、洗濯物が乾かなくなったり、家の中が陰気くさくなったりして、住む環境ががらっと変わってしまい、住んでいる人の体調までも崩してしまうなんて事も良く耳にします。
住む上で、我々が日光というものに如何に影響され、恩恵を受けているかがわかるかと思います。
ここで“陽”という漢字を見ていくと左の「こさとへん」は阜(丘)を表しています。
そして“昜”の部分ですが、これは“日”の下に、下から高い所に昇る、もしくは高い所に達するという意味の“Т”という印が下に入り、これらの文字が変化して昜という字になりました。
そして左右の文字が合わさると、“日が当たる高い台地”を表すことになります。
それが派生して、明るいとか開くという意味を含む文字となりました。
次に“陰”という漢字では、同じように「こさとへん」は、丘を表しています。
右側の今と云ですが、“今”というのはこの陰という字の音符になっていて、この今が音符になっている字には、概ね中に含むという意味があります。
そして云というのは雲を表していて、日の光を遮るとか、水蒸気が立ちこめてうっとおしい様を表します。
結果、“日が当たらない大地”ということで、暗いとか閉ざされたといった意味になるわけです。
つまり、漢字の成り立ちから考えると、陰陽というのは、地上における太陽光がどういう状態であるかを表していることになります。
やはり古代人にとって日の当たる場所(日向)、当たらない場所(日陰)というのは、生活を営む(農耕を行う)上で重要な死活問題であったわけです。
さらに、今まで話してきた陰陽というのは、単純に日向と日陰といった対立して存在するものが組み合わさっているだけですが、この世の中は同じように対立するものがそれぞれに存在しています。
それは男と女だったり、表と裏、前と後というようなものなど、考えていけばきりがなくなりますが、それらを総括して、陰陽という枠に組み込んでいったのです。
ですから、陰陽というのは別に難しいことではありません。
全てこの日向と日陰のような真反対の異なる性質のものを、片や陽、もう一方を陰と言うふうに置き換えただけなんですね。
そうすると、この世界の物、出来事、変化をすべて陰陽で分けることも出来るわけです。
陰陽の考え方は医学だけでなく、風俗、習慣、政治、経済、天文学のあらゆる分野にも応用されています。
簡単に解説しようとしたんですが、何だか難しくなってしまいましたね・・・・。
このお話はもう少し長くなりそうです。
2005'09.09 (Fri)
陰と陽のお話し〜菊の節句〜
今日9月9日は重陽(ちょうよう)ですね。
これは、陰と陽のお話しに関係あるのですが、東洋思想ではそれぞれ偶数を陰、奇数を陽としています。
ですので昔から縁起のいい数を陽数(奇数)として、結婚式などのご祝儀も必ず奇数で包むようにしていることと思います。
特に9という数字は、一番大きな陽の数と考えられていて、それが2つ並ぶ9月9日が“重陽”、もしくは“重九(ちょうきゅう)”と言われ、非常に縁起がいい日とされています。
ちなみに“重九”はこのブログのタイトルでもある天長地久の、天と地を除く長久と同じ韻をふんでいます。
この“天長地久”と言う言葉は、老子の教えからきているのですが、天と地はいつまでも変わらずに続いていくという例えで、物事が長く続いていく様を意味します。
この事からも、長生きの効能がある言われる菊酒を飲み、身体に染みついた邪気のけがれを払って、延命を願うなどと言う風習も行われてきました。
そこから、この重陽の日を菊の節句と呼ぶこともあります。
今は新暦の9月9日ですが、今年の旧暦では10月11日が重陽の日となり、この時期になれば、菊の花が咲く頃になるかと思います。
天長地久にあやかって、このブログも3日坊主で終わらないよう、細く長く続けていければなぁと思います。
これは、陰と陽のお話しに関係あるのですが、東洋思想ではそれぞれ偶数を陰、奇数を陽としています。
ですので昔から縁起のいい数を陽数(奇数)として、結婚式などのご祝儀も必ず奇数で包むようにしていることと思います。
特に9という数字は、一番大きな陽の数と考えられていて、それが2つ並ぶ9月9日が“重陽”、もしくは“重九(ちょうきゅう)”と言われ、非常に縁起がいい日とされています。
ちなみに“重九”はこのブログのタイトルでもある天長地久の、天と地を除く長久と同じ韻をふんでいます。
この“天長地久”と言う言葉は、老子の教えからきているのですが、天と地はいつまでも変わらずに続いていくという例えで、物事が長く続いていく様を意味します。
この事からも、長生きの効能がある言われる菊酒を飲み、身体に染みついた邪気のけがれを払って、延命を願うなどと言う風習も行われてきました。
そこから、この重陽の日を菊の節句と呼ぶこともあります。
今は新暦の9月9日ですが、今年の旧暦では10月11日が重陽の日となり、この時期になれば、菊の花が咲く頃になるかと思います。
天長地久にあやかって、このブログも3日坊主で終わらないよう、細く長く続けていければなぁと思います。
2005'09.07 (Wed)
陰と陽のお話し
今日9月7日は白露でしたね。
白露というのは二十四節気の一つで今日から秋分まで間のことを言います。
この時期は夏の暑さが引き始め、朝夕がグンと涼しくなって、草木の葉っぱにある露が白く光るということから、この言葉になったと言われています。
確かに最近は日も短くなって、朝夕は大分過ごしやすくなりましたね。
それにしても白露なんて、なかなか昔の人はロマンチックな例えをするもんだなあと、朴念仁の僕は、いつも感心してしまいます。
昔から、我々東洋人はこういった例えを用いるなどして、常に自然の移り変わりを意識した生活をしていたんですねぇ。
東洋医学というか、東洋思想・哲学は自然の中において、人間がそれに生かされているという考えによって成り立っています。
したがって、自然界で営まれる季節の移り変わりに合わせて、人間の身体と言うのも変化していくというふうに考えています。
しかし、それは人間に限らず、この地球に生きる動植物全てが、この季節の移り変わりに影響を受けていると言えるでしょう。
例えば、熊であれば、これから冬ごもりに向けて、なるべく多くの食べ物を身体に貯蓄する為、少しでも食いだめをしようとします。
冬になれば、秋に蓄えたエネルギーを消耗しないよう、春の訪れが来るまでじっと動かないで過ごす、これが冬眠という行動になります。
人間でも、「食欲の秋!」等と言って、秋になると我知らず食べ物をドンドン食べる傾向になりますが、これはまだ人間がもっと原始的(熊のような)な生活をしていた時の名残で、冬の食料が乏しくなる時期に備えて、少しでもエネルギーを身体に貯蓄しようとする活動と言えるかも知れません。
今の時代は、非常に温度管理が発達していて、冬でも部屋の中に入れば暖かいし、夏は夏で部屋の中は冷房が効き、人間が過ごしやすいように人工的に温度を操作することが出来ます。
これによって、我々は季節の移り変わりによる寒暖の影響を受けず、快適に生活を送ることが出来るようになりました。
反面、こういった生活に慣れ親しんでしまった我々は、逆に寒さ暑さに適応する力が次第に弱体化していることも事実です。
よく季節の変わり目に風邪をひきやすいとか、体調を崩しやすい、特に花粉症などと言うのがいい例ですが、大気の性質が変わる際、その時に身体が付いていけず、必ず季節と季節の節目につまづいてしまう方が多いことと思います。
これは文明が発達していればいる程、このような傾向が増してきています。
何度も言うようですが、我々がこの地球上で過ごす限りは、季節という気の変遷が必ず訪れ、またその流れの中で我々人間の生活があるのです。
そして東洋医学では、人間界を取り巻く様々な環境・状態・事象を、たった2つの漢字、“陰陽”という語句に集約して説明しています。
とここまでで大分長くなってしまいました。
この辺りの話はさらに長くなりそうですので、また日をあらためてお話しをしていこうと思います。
白露というのは二十四節気の一つで今日から秋分まで間のことを言います。
この時期は夏の暑さが引き始め、朝夕がグンと涼しくなって、草木の葉っぱにある露が白く光るということから、この言葉になったと言われています。
確かに最近は日も短くなって、朝夕は大分過ごしやすくなりましたね。
それにしても白露なんて、なかなか昔の人はロマンチックな例えをするもんだなあと、朴念仁の僕は、いつも感心してしまいます。
昔から、我々東洋人はこういった例えを用いるなどして、常に自然の移り変わりを意識した生活をしていたんですねぇ。
東洋医学というか、東洋思想・哲学は自然の中において、人間がそれに生かされているという考えによって成り立っています。
したがって、自然界で営まれる季節の移り変わりに合わせて、人間の身体と言うのも変化していくというふうに考えています。
しかし、それは人間に限らず、この地球に生きる動植物全てが、この季節の移り変わりに影響を受けていると言えるでしょう。
例えば、熊であれば、これから冬ごもりに向けて、なるべく多くの食べ物を身体に貯蓄する為、少しでも食いだめをしようとします。
冬になれば、秋に蓄えたエネルギーを消耗しないよう、春の訪れが来るまでじっと動かないで過ごす、これが冬眠という行動になります。
人間でも、「食欲の秋!」等と言って、秋になると我知らず食べ物をドンドン食べる傾向になりますが、これはまだ人間がもっと原始的(熊のような)な生活をしていた時の名残で、冬の食料が乏しくなる時期に備えて、少しでもエネルギーを身体に貯蓄しようとする活動と言えるかも知れません。
今の時代は、非常に温度管理が発達していて、冬でも部屋の中に入れば暖かいし、夏は夏で部屋の中は冷房が効き、人間が過ごしやすいように人工的に温度を操作することが出来ます。
これによって、我々は季節の移り変わりによる寒暖の影響を受けず、快適に生活を送ることが出来るようになりました。
反面、こういった生活に慣れ親しんでしまった我々は、逆に寒さ暑さに適応する力が次第に弱体化していることも事実です。
よく季節の変わり目に風邪をひきやすいとか、体調を崩しやすい、特に花粉症などと言うのがいい例ですが、大気の性質が変わる際、その時に身体が付いていけず、必ず季節と季節の節目につまづいてしまう方が多いことと思います。
これは文明が発達していればいる程、このような傾向が増してきています。
何度も言うようですが、我々がこの地球上で過ごす限りは、季節という気の変遷が必ず訪れ、またその流れの中で我々人間の生活があるのです。
そして東洋医学では、人間界を取り巻く様々な環境・状態・事象を、たった2つの漢字、“陰陽”という語句に集約して説明しています。
とここまでで大分長くなってしまいました。
この辺りの話はさらに長くなりそうですので、また日をあらためてお話しをしていこうと思います。
2005'09.03 (Sat)
二日灸
二日灸【ふつかきゅう】もしくは【ふつかやいと】とも言います。
ちなみに、似たような感じですが、二日酔いとは全然違います。
俳句をされる方は、季語にこの二日灸があるのでご存じの方も多いかと思います。
これは、旧暦の2月2日と、8月2日に、病気に罹らない元気な身体でいれる様に、この日にお灸をすると言う習わしがありました。
おまじないの一種や、縁起担ぎであったかと思いますが、この日にすえるお灸は、普段すえるお灸よりも非常に効用があるとも言われていました。
最近ではこの二日灸という言葉どころか、お灸をすえると言うこともあまり無くなってしまいましたが、こうした俳句の季語として用いられていたと言うことは、当時の風習として広く定着していたものと思われます。
元の起こりは、節句の一種だったという説と、中国で行われていた【天灸:てんきゅう】から端を発しているとの説もあります。
この天灸は子供の額に×だとか+などを書いて、毎年8月1日もしくは14日お灸をすえて、無病息災を祈ったという習わしがあります。
いずれにせよ、当時の人達の間では、お灸によって気血の滞りを解消し、丈夫な身体を維持しようとしていたわけです。
今ではお灸というと熱いとか、やけどをするまでガマンするとか、お仕置きで懲らしめる為にすえるだとか、どうしてもダーティーなイメージを抱きやすいですが、糸くずくらいな小さなものから、棒状のお灸を近づけて温めるというものなど、決して熱かったり、怖いものなどではありません。
むしろ、温かくて気持ちの良いものです。
今年は8月5日(月)が、この二日灸の日となります。
そこで恵樹堂ではこの習わしにちなんで、この日いらした方で、このブログを読んだという方の治療代を500円引きにさせて頂きます。
是非興味のある方はいらしてみて下さい。
ちなみに、似たような感じですが、二日酔いとは全然違います。
俳句をされる方は、季語にこの二日灸があるのでご存じの方も多いかと思います。
これは、旧暦の2月2日と、8月2日に、病気に罹らない元気な身体でいれる様に、この日にお灸をすると言う習わしがありました。
おまじないの一種や、縁起担ぎであったかと思いますが、この日にすえるお灸は、普段すえるお灸よりも非常に効用があるとも言われていました。
最近ではこの二日灸という言葉どころか、お灸をすえると言うこともあまり無くなってしまいましたが、こうした俳句の季語として用いられていたと言うことは、当時の風習として広く定着していたものと思われます。
元の起こりは、節句の一種だったという説と、中国で行われていた【天灸:てんきゅう】から端を発しているとの説もあります。
この天灸は子供の額に×だとか+などを書いて、毎年8月1日もしくは14日お灸をすえて、無病息災を祈ったという習わしがあります。
いずれにせよ、当時の人達の間では、お灸によって気血の滞りを解消し、丈夫な身体を維持しようとしていたわけです。
今ではお灸というと熱いとか、やけどをするまでガマンするとか、お仕置きで懲らしめる為にすえるだとか、どうしてもダーティーなイメージを抱きやすいですが、糸くずくらいな小さなものから、棒状のお灸を近づけて温めるというものなど、決して熱かったり、怖いものなどではありません。
むしろ、温かくて気持ちの良いものです。
今年は8月5日(月)が、この二日灸の日となります。
そこで恵樹堂ではこの習わしにちなんで、この日いらした方で、このブログを読んだという方の治療代を500円引きにさせて頂きます。
是非興味のある方はいらしてみて下さい。
2005'09.02 (Fri)
宝くじの日
夕方は大分涼しいですね。
今日は、なんでも宝くじの日だそうです。
僕は今までに宝くじというのを買ったことがありません。
まあ大体にして、あまりくじ運がいい方ではないので、どうせ駄目だろうという気持ちがありまして・・・。
そんなことを治療の合間に話していたら、宝くじを欠かさず購入するという方から、「それでも買わないと絶対に当たらないよ。」と言われまして、確かに!と納得してしまいました。
こういうのって、当たった時のことを考えて、色々と想像を膨らませるのが楽しかったりするんですよね。
今日は、なんでも宝くじの日だそうです。
僕は今までに宝くじというのを買ったことがありません。
まあ大体にして、あまりくじ運がいい方ではないので、どうせ駄目だろうという気持ちがありまして・・・。
そんなことを治療の合間に話していたら、宝くじを欠かさず購入するという方から、「それでも買わないと絶対に当たらないよ。」と言われまして、確かに!と納得してしまいました。
こういうのって、当たった時のことを考えて、色々と想像を膨らませるのが楽しかったりするんですよね。
2005'09.01 (Thu)
ツボの由来〜始まりと終わり〜
9月になりました。
季節もぐっと秋めいてきて、最近は日の入りもずいぶん早く感じる様になりましたね。
そんなわけで、このブログの背景もちょっと衣替えです。
今日は経絡の始まりと終わりについてお話しさせて頂きます。
12本の経絡は、バラバラに気が流れているのではなく、ちゃんとスタート地点とゴール地点があると考えられています。
我々がこの経絡の勉強をする際には、必ず覚える順番があります。
それはつまり、その順番通りに気の巡りがあるという考えがあるからです。
各12本の経絡には、それぞれに関連の深い臓腑がその道筋の名称となっています。
順番に挙げていきますと、肺、大腸、胃、脾、心、小腸、膀胱、腎、心包、三焦、胆、肝となっています。
肺経の最初のツボは“中府”と言い、その次に来るのが“雲門”というツボです。
そして肝経の最後のツボの名前は“期門”と言います。
先ず肺経の最初に来るツボは中府と言いますが、ツボの由来のお話しをする上で、今回は雲門穴についてご紹介しようと思います。
雲門穴ですが、先ず人体の気があたかも雲の様に上昇して立ち上がっていく、その最初の門と言うことで、色々諸説はありますが、気血のスタート地点としての意味があります。
そして、最後の期門穴に来てゴールとなるわけです。
“期”という漢字は“其”“月”が組み合わさって出来ています。
まず“其”という字の元となっているのは、モミなどをふるい分ける四角いざるであったと考えられています。
つまり“四角”という意味の含みがあり、これに時間的要因を表す月という字が付くと、春夏秋冬の四つの季節が正確に移り行き、そして最初に戻るというよう働きを表します。
そのことからこの期門穴というのも、人体を気血が正確に巡回し、再び最初に戻ると言うこ気血の生理が、この期門穴の名称となったと考えられています。
季節がめぐる様に、また朝がきて昼がきて夜が来て、そして再び朝を迎えると言う様な循環する自然の摂理を、人間にも置き換えて考えています。
この辺りのお話しも、とても面白いので、いずれの機会にご紹介したいと思います。
季節もぐっと秋めいてきて、最近は日の入りもずいぶん早く感じる様になりましたね。
そんなわけで、このブログの背景もちょっと衣替えです。
今日は経絡の始まりと終わりについてお話しさせて頂きます。
12本の経絡は、バラバラに気が流れているのではなく、ちゃんとスタート地点とゴール地点があると考えられています。
我々がこの経絡の勉強をする際には、必ず覚える順番があります。
それはつまり、その順番通りに気の巡りがあるという考えがあるからです。
各12本の経絡には、それぞれに関連の深い臓腑がその道筋の名称となっています。
順番に挙げていきますと、肺、大腸、胃、脾、心、小腸、膀胱、腎、心包、三焦、胆、肝となっています。
肺経の最初のツボは“中府”と言い、その次に来るのが“雲門”というツボです。
そして肝経の最後のツボの名前は“期門”と言います。
先ず肺経の最初に来るツボは中府と言いますが、ツボの由来のお話しをする上で、今回は雲門穴についてご紹介しようと思います。
雲門穴ですが、先ず人体の気があたかも雲の様に上昇して立ち上がっていく、その最初の門と言うことで、色々諸説はありますが、気血のスタート地点としての意味があります。
そして、最後の期門穴に来てゴールとなるわけです。
“期”という漢字は“其”“月”が組み合わさって出来ています。
まず“其”という字の元となっているのは、モミなどをふるい分ける四角いざるであったと考えられています。
つまり“四角”という意味の含みがあり、これに時間的要因を表す月という字が付くと、春夏秋冬の四つの季節が正確に移り行き、そして最初に戻るというよう働きを表します。
そのことからこの期門穴というのも、人体を気血が正確に巡回し、再び最初に戻ると言うこ気血の生理が、この期門穴の名称となったと考えられています。
季節がめぐる様に、また朝がきて昼がきて夜が来て、そして再び朝を迎えると言う様な循環する自然の摂理を、人間にも置き換えて考えています。
この辺りのお話しも、とても面白いので、いずれの機会にご紹介したいと思います。
| HOME |










