天長地久
健康・東洋医学・日々の雑感など徒然と・・・<はりきゅう恵樹堂公式ブログ>
2006'02.24 (Fri)
月の地主に!
こんな話があるのですね。
月ノ土地ガ買エマス
月の土地が購入できるそうです。
なんと1200坪、2700円!!
ちょっとした、プレゼントに月の土地の権利書をあげるというのは、意外性があって良いですね〜。
その後、月を見上げて、買った土地はどの辺りだろうなんて見るのもなかなかロマンチックですね。(それとも俗っぽいでしょうか?笑)
いつか、買った土地を視察になんて言う話も、あり得るかも知れません。

今月の13日に撮った満月です。
月ノ土地ガ買エマス
月の土地が購入できるそうです。
なんと1200坪、2700円!!
ちょっとした、プレゼントに月の土地の権利書をあげるというのは、意外性があって良いですね〜。
その後、月を見上げて、買った土地はどの辺りだろうなんて見るのもなかなかロマンチックですね。(それとも俗っぽいでしょうか?笑)
いつか、買った土地を視察になんて言う話も、あり得るかも知れません。

今月の13日に撮った満月です。
2006'02.23 (Thu)
換気扇
職業柄、どうしてもお灸をするので、換気扇には煤がたまってしまいます。
一ヶ月に一回の割合で掃除をするのですが、一ヶ月経つとこの有様になってしまいます。

と言うことで、今日は換気扇のお掃除をしました。
その甲斐あって、スッキリです。

エアコンのフィルターにしてもそうですが、見えないところにも知らず知らずのうちに埃というのはたまってしまうものですね。
長年たまった埃を掃除したときに、元の地肌が見えてくる瞬間が結構好きだったりするのですが。(笑)
ちなみに家の換気扇を掃除するときは、車の洗車で使うピッチ・タール落としをスプレーして、拭き取ると驚くほど綺麗になるんですよ!
最初に友達に教えて貰ったときに、ものすごく感動しました。
いまでは換気扇の掃除の時には、欠かせないアイテムの一つです。
一ヶ月に一回の割合で掃除をするのですが、一ヶ月経つとこの有様になってしまいます。

と言うことで、今日は換気扇のお掃除をしました。
その甲斐あって、スッキリです。

エアコンのフィルターにしてもそうですが、見えないところにも知らず知らずのうちに埃というのはたまってしまうものですね。
長年たまった埃を掃除したときに、元の地肌が見えてくる瞬間が結構好きだったりするのですが。(笑)
ちなみに家の換気扇を掃除するときは、車の洗車で使うピッチ・タール落としをスプレーして、拭き取ると驚くほど綺麗になるんですよ!
最初に友達に教えて貰ったときに、ものすごく感動しました。
いまでは換気扇の掃除の時には、欠かせないアイテムの一つです。
2006'02.22 (Wed)
疳の虫
諺にも「腹の虫が治まらない」「虫が好かない」、「虫の居所が悪い」というと、大体にしてあることに対して気に入らない心理状態であったりとか、不機嫌な状態に使われる言葉であります。
昔の人は、お腹の中に虫がいて、それがなにがしかの悪さをすると、上に挙げたような気持ちを引き起こすものと考えていました。
つまり疳の虫というと、小さいお子さんにも虫の居所が悪いような精神状態が強く出ている場合のものを指しています。
例えば、夜泣きであるとか、周囲が耳を塞ぐような位、泣いて止まないとか、癇癪をすぐ起こしやすい、不機嫌、誰彼なくかみつく、落ち着きがないなどの症状を総称して疳の虫と言っています。
子供の場合は、大人と違い、疳の虫が動き出すとき、それを制する力(理性)がまだ発達しておらず、どうしてもこういったものが現れやすい状態にあります。
現代医学的に言うと自律神経の調節が上手く働かない状態にあると言えるでしょう。
治療はとりもなおさず、この自律神経の調節を行うことにあります。
この場合、背中をある一定の方向に撫でさすってあげるだけでも、効果を期待できますし、普段からこの疳の虫が悪さをしないよう、その虫が居座る消化器系の状態を強める為の治療を行います。
その際にお灸をしたり、小児鍼と言って通常の鍼とは異なる器具を使って治療を行います。

治療そのものもツボの流れに沿って、これらの鍼を撫でたりさすったりする方法で、高ぶった気持ちをなだめるような心持ちで治療をしていきます。
大人でも、疲れている場合などに、この疳の虫をなだめることが出来ず、ついつい気持ちが尖ってしまうようなこともあります。
特に腹の虫が鳴ったとき、つまりはお腹が減った時などは、機嫌が悪いような人も多いのではないでしょうか?(笑)
疳という字を分解してみると、やまいだれは病人が臥すベットを表現しています。
そして甘という字は左右の上部に横から鍵を通した状態を表現していて、中にものを含む、封じ込めると言う意味合いを持ちます。
つまり疳の虫というと、体の中に封じ込められた虫が悪さをすると言うところから、この字が当てられているものと思われます。
体の中の虫というと、真っ先に寄生虫と言ったものが頭に浮かぶかと思います。
東洋医学の本の中にも、虫が冷えて動けなくなり腸胃が塞がってしまったり、食べ物につられて虫が上に登るというように記載されている部分がありますが、イメージする寄生虫の概念と少し外れる部分もあるかと思います。
寄生虫というとどうしても負のイメージを抱きがちですが、中には体の調整に一役買っている虫もいるんですよね。
ところで目黒に寄生虫博物館という施設があるのはご存じですか?
http://homepage2.nifty.com/callon/
学生時代に、行ったことがあるのですが、僕みたいな物好きは少ないだろうと思っていたら、意外にも多くの人が来場されていてビックリした覚えがあります。
興味がある人は、一度行かれると面白いですよ。
(ホームページ冒頭の写真は、なかなかドキッ!とします。お食事中の方などは閲覧を控えられた方が良いかも!?)
昔の人は、お腹の中に虫がいて、それがなにがしかの悪さをすると、上に挙げたような気持ちを引き起こすものと考えていました。
つまり疳の虫というと、小さいお子さんにも虫の居所が悪いような精神状態が強く出ている場合のものを指しています。
例えば、夜泣きであるとか、周囲が耳を塞ぐような位、泣いて止まないとか、癇癪をすぐ起こしやすい、不機嫌、誰彼なくかみつく、落ち着きがないなどの症状を総称して疳の虫と言っています。
子供の場合は、大人と違い、疳の虫が動き出すとき、それを制する力(理性)がまだ発達しておらず、どうしてもこういったものが現れやすい状態にあります。
現代医学的に言うと自律神経の調節が上手く働かない状態にあると言えるでしょう。
治療はとりもなおさず、この自律神経の調節を行うことにあります。
この場合、背中をある一定の方向に撫でさすってあげるだけでも、効果を期待できますし、普段からこの疳の虫が悪さをしないよう、その虫が居座る消化器系の状態を強める為の治療を行います。
その際にお灸をしたり、小児鍼と言って通常の鍼とは異なる器具を使って治療を行います。

治療そのものもツボの流れに沿って、これらの鍼を撫でたりさすったりする方法で、高ぶった気持ちをなだめるような心持ちで治療をしていきます。
大人でも、疲れている場合などに、この疳の虫をなだめることが出来ず、ついつい気持ちが尖ってしまうようなこともあります。
特に腹の虫が鳴ったとき、つまりはお腹が減った時などは、機嫌が悪いような人も多いのではないでしょうか?(笑)
疳という字を分解してみると、やまいだれは病人が臥すベットを表現しています。
そして甘という字は左右の上部に横から鍵を通した状態を表現していて、中にものを含む、封じ込めると言う意味合いを持ちます。
つまり疳の虫というと、体の中に封じ込められた虫が悪さをすると言うところから、この字が当てられているものと思われます。
体の中の虫というと、真っ先に寄生虫と言ったものが頭に浮かぶかと思います。
東洋医学の本の中にも、虫が冷えて動けなくなり腸胃が塞がってしまったり、食べ物につられて虫が上に登るというように記載されている部分がありますが、イメージする寄生虫の概念と少し外れる部分もあるかと思います。
寄生虫というとどうしても負のイメージを抱きがちですが、中には体の調整に一役買っている虫もいるんですよね。
ところで目黒に寄生虫博物館という施設があるのはご存じですか?
http://homepage2.nifty.com/callon/
学生時代に、行ったことがあるのですが、僕みたいな物好きは少ないだろうと思っていたら、意外にも多くの人が来場されていてビックリした覚えがあります。
興味がある人は、一度行かれると面白いですよ。
(ホームページ冒頭の写真は、なかなかドキッ!とします。お食事中の方などは閲覧を控えられた方が良いかも!?)
2006'02.21 (Tue)
3月1日は二日灸の日
以前もこのブログにて取り上げたのですが、3月1日は二日灸(ふつかやいと)の日です。
旧暦の2月2日と8月2日に当たる日に、お灸をすると普段よりも効能があるとされています。
お灸というと、お年寄りなどが背中にてんこ盛りのもぐさをのっけて、熱さをこらえながら、すえているという光景がすぐに思い浮かぶかも知れません。
もしくは、お仕置きの際に据えられるものというイメージをお持ちの方も多いかと思います。
実際、小さい頃に悪さをして、お灸を据えられたという方などは、お灸に対して相当な恐怖心をお持ちで、その過去のトラウマが、そのまま世間一般のお灸は熱くて、怖いものというイメージに繋がっているようです。
実際、古代の中国ではお灸が刑罰の一つとしてされていたこともあり、「後漢書」という本の中にも、お灸を懲罰として行ってはならないという記述もあります。
医療にしても、懲罰にしても悪い状態を正すという点に関しては、共通するものではありますが、医療で行うお灸にはそのような責め苦を伴うことはありません。
むしろ温かくて気持ちが良いくらいです。
関西の方では、昔から”ちりけのやいと”と言って、小さいお子さんの疳の虫などにお灸をすえると言うことが一般化している地域もあります。
他にもおねしょや喘息などにも、お灸が非常に効果があります。
「やいと」というのは関西方面の方言で、お灸のことを言います。
僕は神奈川で育ったのですが、たまたま鍼灸学校が関西だったので、患者さんにやいとをして欲しいと言われても何のことだかわからず、困ってしまったことがあります。
“やいと”と言うのは「焼き処」から派生した言葉なんだそうです。
最近ではドラッグストアなどにもモグサが置かれるようになって、少しづつですが、お灸治療が受け入れられつつあるのかなという気もしています。
と言うことで、前回の二日灸の日も行いましたので、今回も3月1日に来院いただいた方で、ブログを見たとお申出頂いた方は、鍼灸治療代を500円割引とさせていただきます。
旧暦の2月2日と8月2日に当たる日に、お灸をすると普段よりも効能があるとされています。
お灸というと、お年寄りなどが背中にてんこ盛りのもぐさをのっけて、熱さをこらえながら、すえているという光景がすぐに思い浮かぶかも知れません。
もしくは、お仕置きの際に据えられるものというイメージをお持ちの方も多いかと思います。
実際、小さい頃に悪さをして、お灸を据えられたという方などは、お灸に対して相当な恐怖心をお持ちで、その過去のトラウマが、そのまま世間一般のお灸は熱くて、怖いものというイメージに繋がっているようです。
実際、古代の中国ではお灸が刑罰の一つとしてされていたこともあり、「後漢書」という本の中にも、お灸を懲罰として行ってはならないという記述もあります。
医療にしても、懲罰にしても悪い状態を正すという点に関しては、共通するものではありますが、医療で行うお灸にはそのような責め苦を伴うことはありません。
むしろ温かくて気持ちが良いくらいです。
関西の方では、昔から”ちりけのやいと”と言って、小さいお子さんの疳の虫などにお灸をすえると言うことが一般化している地域もあります。
他にもおねしょや喘息などにも、お灸が非常に効果があります。
「やいと」というのは関西方面の方言で、お灸のことを言います。
僕は神奈川で育ったのですが、たまたま鍼灸学校が関西だったので、患者さんにやいとをして欲しいと言われても何のことだかわからず、困ってしまったことがあります。
“やいと”と言うのは「焼き処」から派生した言葉なんだそうです。
最近ではドラッグストアなどにもモグサが置かれるようになって、少しづつですが、お灸治療が受け入れられつつあるのかなという気もしています。
と言うことで、前回の二日灸の日も行いましたので、今回も3月1日に来院いただいた方で、ブログを見たとお申出頂いた方は、鍼灸治療代を500円割引とさせていただきます。
2006'02.10 (Fri)
ざん鍼
先日、新しい鍼を購入しました。

これは、“ざんしん”と言い、その中でもラッパ型と呼ばれるものです。
一般に鍼というと、針金のような形状をイメージするかと思います。
でも、鍼にも色々な種類があって、前にもお話しした事のある中国の最古の医学書、黄帝内経の中にも、その用途に応じた鍼の紹介が記載されています。
ちなみに“ざん”という字は、ちょっと難しい漢字で

こんな字を書きます。
この世界で困ることは、パソコンで入力するときに、変換できない字がたくさんあることです。
パッと見、訳のわからない字なのですが、この漢字の成り立ちはなかなかユニークなんです。
左側の金片は、治療器具の素材を現しています。
問題は右側のつくりでが、上の部分は両足を広げた兎を現していて、下の部分はその股の間に割り込んだ兎を表現しています。
つまり、これらの字をまとめると親うさぎの股の間に、子ウサギがもぐり込んだ状態となります。
そこからこの字は、割り込むと言ったような意味に通じてきます。
同じつくりを持つ漢字に讒という字があります。
讒言と言うと、これなども人の中傷を告げ口(割り込ませ)して、その関係を分裂させるような用語として知られています。
鍼の役割としても、気や熱の滞りなどに対して、皮膚の表層部分にこの鍼の先端をあてがい(割り込ませ)、それを取り除くというような場合に使用したりします。
いつも新しい鍼を買うと、子供がおもちゃを買って貰った時みたいに、年甲斐もなくウキウキとしてしまいます。
そんな時、ふと、世間の価値観と少しずれてきているのかな・・・???と感じてしまいます(笑)。

これは、“ざんしん”と言い、その中でもラッパ型と呼ばれるものです。
一般に鍼というと、針金のような形状をイメージするかと思います。
でも、鍼にも色々な種類があって、前にもお話しした事のある中国の最古の医学書、黄帝内経の中にも、その用途に応じた鍼の紹介が記載されています。
ちなみに“ざん”という字は、ちょっと難しい漢字で

こんな字を書きます。
この世界で困ることは、パソコンで入力するときに、変換できない字がたくさんあることです。
パッと見、訳のわからない字なのですが、この漢字の成り立ちはなかなかユニークなんです。
左側の金片は、治療器具の素材を現しています。
問題は右側のつくりでが、上の部分は両足を広げた兎を現していて、下の部分はその股の間に割り込んだ兎を表現しています。
つまり、これらの字をまとめると親うさぎの股の間に、子ウサギがもぐり込んだ状態となります。
そこからこの字は、割り込むと言ったような意味に通じてきます。
同じつくりを持つ漢字に讒という字があります。
讒言と言うと、これなども人の中傷を告げ口(割り込ませ)して、その関係を分裂させるような用語として知られています。
鍼の役割としても、気や熱の滞りなどに対して、皮膚の表層部分にこの鍼の先端をあてがい(割り込ませ)、それを取り除くというような場合に使用したりします。
いつも新しい鍼を買うと、子供がおもちゃを買って貰った時みたいに、年甲斐もなくウキウキとしてしまいます。
そんな時、ふと、世間の価値観と少しずれてきているのかな・・・???と感じてしまいます(笑)。
2006'02.08 (Wed)
今日は針供養の日
折れたり、古くなった用済みの縫い針などに感謝し、普段は硬い布などを縫う針を、柔らかい豆腐やコンニャクなどに刺して供養してあげます。
またそれにより、お裁縫の上達を祈ったと言います。
我々も、はりを扱う業種なので、学校や鍼灸師会によっては、この日に鍼供養を行うところもあります。
近年は治療に用いる鍼は、ディスポーザブル(使い捨て)なので、普段は医療廃棄物として、まとめて業者さんに処理して貰っていますが、一昔前は庖丁を研ぐのと同じように鍼を研いでいたそうです。
だからこそ、先人の鍼一本に対する思い入れも強く、またとても大切に扱っていました。
弟子入りをすると、最初の頃は、毎日ひたすら鍼を研ぐことを覚えたと言います。
今のように使い捨てともなると、道具を大切に扱うという感覚が麻痺してしまいます。
僕などは鍼供養の日だけでなく、普段から心を込めて鍼やモグサを扱うよう心懸けなくてはなりませんね。
またそれにより、お裁縫の上達を祈ったと言います。
我々も、はりを扱う業種なので、学校や鍼灸師会によっては、この日に鍼供養を行うところもあります。
近年は治療に用いる鍼は、ディスポーザブル(使い捨て)なので、普段は医療廃棄物として、まとめて業者さんに処理して貰っていますが、一昔前は庖丁を研ぐのと同じように鍼を研いでいたそうです。
だからこそ、先人の鍼一本に対する思い入れも強く、またとても大切に扱っていました。
弟子入りをすると、最初の頃は、毎日ひたすら鍼を研ぐことを覚えたと言います。
今のように使い捨てともなると、道具を大切に扱うという感覚が麻痺してしまいます。
僕などは鍼供養の日だけでなく、普段から心を込めて鍼やモグサを扱うよう心懸けなくてはなりませんね。
タグ : 鍼供養
2006'02.03 (Fri)
節分
節分というと2月3日と連想しますが、本来は季節の分かれ目になる日ということで、それぞれ立春・立夏・立秋・立冬の前日が、節分の日ということになります。
その中でも、とりわけ一年の始めとなる春の節分には、前の年の邪気を追い払って、新しく迎える年が無病息災で過ごせるようにと祈念して豆まきをします。
この春を迎える儀式とも言える豆まきにも、東洋思想が根付いています。
色々なところで陰陽五行という言葉を耳にするとは思いますが、このうち五行というと、この世の森羅万象を木・火・土・金・水の五つの事象で説明しようとするものです。
木をこすり合わすと火が生まれ、燃え尽きた火が灰(土)となって、土から鉱物(金)が産出され、金が冷えることで結露(水)を生じ、水はまた木を育むというように、木火土金水の順番で物事が養われる関係を相生といいます。
それとは逆に、木は土から養分を奪い、土は水を堰き止め、水は火を消し、火は金を溶かし、金によって木は削られるといった、一方が相手方を抑えるという関係を相剋といいます。
そして、この五行には、各系統の共通項が、木火土金水に当てはめられています。
例えば、季節をこの五行に照らし合わせていくと、木は春、火は夏、土は各季節の終わりの18日間に当たる土用、金は秋、水は冬となります。
それを踏まえて、節分の話に戻りますと、節分に豆をまくのもこの五行から説明が出来ます。
春を迎えるにあたり、その春(木)の気を抑える働きがあるのは金の性質です。(相剋関係から)
そこで、豆を硬い金に見立てて、まず金の性質を抑える為に、豆を火で炙り、さらにその豆を「鬼は外、福は内」と言って外に投げたり、年の数だけ食べたりします。
そうすることで、金の力を押さえつけ、春の訪れを迎えやすくしようとするのです。
小さい頃にしていた節分の豆まきは、祖父が豆の中にキャンディやキャラメルを混ぜて、豆まきをしてくれました。
ですから、節分というと豆まきというより、何だか良く分からないけど、お菓子をもらえる日だと思っていました。(笑)
その中でも、とりわけ一年の始めとなる春の節分には、前の年の邪気を追い払って、新しく迎える年が無病息災で過ごせるようにと祈念して豆まきをします。
この春を迎える儀式とも言える豆まきにも、東洋思想が根付いています。
色々なところで陰陽五行という言葉を耳にするとは思いますが、このうち五行というと、この世の森羅万象を木・火・土・金・水の五つの事象で説明しようとするものです。
木をこすり合わすと火が生まれ、燃え尽きた火が灰(土)となって、土から鉱物(金)が産出され、金が冷えることで結露(水)を生じ、水はまた木を育むというように、木火土金水の順番で物事が養われる関係を相生といいます。
それとは逆に、木は土から養分を奪い、土は水を堰き止め、水は火を消し、火は金を溶かし、金によって木は削られるといった、一方が相手方を抑えるという関係を相剋といいます。
そして、この五行には、各系統の共通項が、木火土金水に当てはめられています。
例えば、季節をこの五行に照らし合わせていくと、木は春、火は夏、土は各季節の終わりの18日間に当たる土用、金は秋、水は冬となります。
それを踏まえて、節分の話に戻りますと、節分に豆をまくのもこの五行から説明が出来ます。
春を迎えるにあたり、その春(木)の気を抑える働きがあるのは金の性質です。(相剋関係から)
そこで、豆を硬い金に見立てて、まず金の性質を抑える為に、豆を火で炙り、さらにその豆を「鬼は外、福は内」と言って外に投げたり、年の数だけ食べたりします。
そうすることで、金の力を押さえつけ、春の訪れを迎えやすくしようとするのです。
小さい頃にしていた節分の豆まきは、祖父が豆の中にキャンディやキャラメルを混ぜて、豆まきをしてくれました。
ですから、節分というと豆まきというより、何だか良く分からないけど、お菓子をもらえる日だと思っていました。(笑)
2006'02.01 (Wed)
臭いの日
早いもので、もう一月が終わり、いよいよ2月となってしまいました。
べたな話題ですが、今日二月一日は、2(に)・0(お)・1(い)と読めることから、臭いの日になるのだそうです。
ここ最近特に、スーパーや薬局などを覗いてみると、沢山の消臭目的の商品が陳列されています。
その事からも、日本人は非常に臭いに敏感であると言えるかも知れません。
もともと欧米人や黒人の体臭に比べると、東洋人の体臭はそれほどきつくありません。
ですから、体臭が個性の一つと見る向きもある欧米人に対して、日本人は神経質なくらい自らの体臭がしないよう、あの手この手で消臭しようとします。
平安時代に書かれた書物や絵には、十二単を纏った女性方が、部屋で香を焚いている場面があります。
当時は現代のように、毎日お風呂に入ったり、シャワーを浴びたりという習慣がなかったと思われるので、十二単のように何枚も着物を重ね着て、更にあれだけ長く髪の毛を伸ばしていたとなると、嫌でも体臭というものを意識せざるを得なかったのではないでしょうか?
そうなると、どうにかして体臭をごまかす必要が生じる訳で、そのことから平安時代の貴族の間で、香を焚く事が流行したと想像できます。
やがて、室町時代頃になると、茶道・華道と並んで、いわゆる香道としての文化が確立するまでになります。
このように、文化として香りを楽しむという所をとっても、日本人の臭いに対する意識が敏感であると言えるかも知れません。
東洋医学の世界でも、聞診という分野で、患者の体臭を嗅ぎ分けるという診断方法が用いられています。
ここでも、五蔵にそれぞれ配当される臭いの質というのがあって、肝=あぶら臭い体臭、心=焦げ臭い体臭、脾=香ばしい体臭、肺=生臭い体臭、腎=腐れ臭い体臭となります。
実際、上に挙げたようにはっきりと体臭を嗅ぎ分けるのは困難ですが、例えば風邪をこじらせ、高熱にうなされ、お風呂にも入れず、長い間床に臥せってしまった時などは、普段と違った体臭を意識したりする事があるかと思います。
このように、病人が持っている臭いにも、それぞれ特徴があって、東洋医学では嗅覚も診断の手段として活用しています。
西洋医学の特色には、血液検査の数値やレントゲン・MRI・CT等に見られるように、その緻密な視覚情報にあります。
対して東洋医学の場合は、人間の持ちうる感性、五感(触覚・視覚・嗅覚・聴覚・味覚)を駆使して、患者さんの全体像を把握していくところにあります。
最近ではアロマテラピーというように、香りを用いて、人の嗅覚を刺激して治療するという分野も一般的になっています。
今日は恵樹堂でも、臭いの日にちなんで、治療室でお線香をつけてみました。

ちなみに、このお線香はグリーンティーの香りだそうです。
お香の香りとかお線香の香りって、何故かホッとしませんか?
べたな話題ですが、今日二月一日は、2(に)・0(お)・1(い)と読めることから、臭いの日になるのだそうです。
ここ最近特に、スーパーや薬局などを覗いてみると、沢山の消臭目的の商品が陳列されています。
その事からも、日本人は非常に臭いに敏感であると言えるかも知れません。
もともと欧米人や黒人の体臭に比べると、東洋人の体臭はそれほどきつくありません。
ですから、体臭が個性の一つと見る向きもある欧米人に対して、日本人は神経質なくらい自らの体臭がしないよう、あの手この手で消臭しようとします。
平安時代に書かれた書物や絵には、十二単を纏った女性方が、部屋で香を焚いている場面があります。
当時は現代のように、毎日お風呂に入ったり、シャワーを浴びたりという習慣がなかったと思われるので、十二単のように何枚も着物を重ね着て、更にあれだけ長く髪の毛を伸ばしていたとなると、嫌でも体臭というものを意識せざるを得なかったのではないでしょうか?
そうなると、どうにかして体臭をごまかす必要が生じる訳で、そのことから平安時代の貴族の間で、香を焚く事が流行したと想像できます。
やがて、室町時代頃になると、茶道・華道と並んで、いわゆる香道としての文化が確立するまでになります。
このように、文化として香りを楽しむという所をとっても、日本人の臭いに対する意識が敏感であると言えるかも知れません。
東洋医学の世界でも、聞診という分野で、患者の体臭を嗅ぎ分けるという診断方法が用いられています。
ここでも、五蔵にそれぞれ配当される臭いの質というのがあって、肝=あぶら臭い体臭、心=焦げ臭い体臭、脾=香ばしい体臭、肺=生臭い体臭、腎=腐れ臭い体臭となります。
実際、上に挙げたようにはっきりと体臭を嗅ぎ分けるのは困難ですが、例えば風邪をこじらせ、高熱にうなされ、お風呂にも入れず、長い間床に臥せってしまった時などは、普段と違った体臭を意識したりする事があるかと思います。
このように、病人が持っている臭いにも、それぞれ特徴があって、東洋医学では嗅覚も診断の手段として活用しています。
西洋医学の特色には、血液検査の数値やレントゲン・MRI・CT等に見られるように、その緻密な視覚情報にあります。
対して東洋医学の場合は、人間の持ちうる感性、五感(触覚・視覚・嗅覚・聴覚・味覚)を駆使して、患者さんの全体像を把握していくところにあります。
最近ではアロマテラピーというように、香りを用いて、人の嗅覚を刺激して治療するという分野も一般的になっています。
今日は恵樹堂でも、臭いの日にちなんで、治療室でお線香をつけてみました。

ちなみに、このお線香はグリーンティーの香りだそうです。
お香の香りとかお線香の香りって、何故かホッとしませんか?
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