天長地久
健康・東洋医学・日々の雑感など徒然と・・・<はりきゅう恵樹堂公式ブログ>
2006'09.21 (Thu)
梅酒解禁!
2006'09.16 (Sat)
ホームページ、模様替えしました!
夏頃を目処に、ホームページを手直ししようと思っていたのが、あれよあれよと日にちが過ぎ、気がつけばもうすっかり秋
に・・・。
トップページだけは夏
の名残を感じつつも、ひとまずリニューアル・・・・。
よく見ると、そこかしこに不備が色々あるかと思いますが、少しずつ体裁を整えていこうと思っています。
に・・・。トップページだけは夏
の名残を感じつつも、ひとまずリニューアル・・・・。よく見ると、そこかしこに不備が色々あるかと思いますが、少しずつ体裁を整えていこうと思っています。

2006'09.15 (Fri)
季節の便り
2006'09.14 (Thu)
コバンソウ
2006'09.13 (Wed)
惑星のはなし
昨日は冥王星が「134340」と言うような番号になってしまうなんて話題をとりあげましたが、引き続き今日もそれにちなんだお話になります。
学校で、太陽系の惑星を「水金地火木土天海冥」の並びで記憶された方がほとんどかと思います。
この内、天王星、海王星、冥王星は17世紀以降、望遠鏡の出現までその存在は知られておりませんでした。
逆に太陽・月・水星・金星・火星・木星・土星の七つの天体に関しては、有史以前から人々の間では知られていました。
ですので、これらの惑星は、古の昔から人々の興味の対象となり、洋の東西を問わず社会情勢の吉凶や洪水の時期などを占う目的で観察されていました。
その内、中国においては太陽と月を除く、五つの惑星にそれぞれ五行説の木火土金水が当てはめられていて、それが今我々が知る惑星の名称となっています。
これら五つの星は五行が当てはめられる前は、歳星(さいせい・木星)・ ?惑(けいわく・火星)・填星(ちんせい・土星)・太白(たいはく・金星)・辰星(しんせい・水星)と呼ばれていました。
古代の人は、それぞれの星の特色と五行の働き照らし合わせ、それらを占いの評価に反映させていくようになりました。
例えば、木の性質を持つ歳星(木星)は12年をかけて天を一周し、他の惑星の中で最もめでたい星と言われ、五穀豊穣を示すとされていました。逆にこの歳星があるべき所にない場合は、大きな災いが起こるであろうとも言われています。
火の性質を持つとされる?惑(火星)は、その星の運行が定まらず、天体の色も赤味を帯びていた為、戦火・反乱・飢饉等の前触れであるとされていました。
土の性質を持つ填星(土星)は、領土や作物に関する事柄を。
金の性質を持つ太白(金星)は金から武器を連想することから軍事にまつわる事。
水の性質を持つ辰星(水星)は四季を通じ て一年中現れなければ、干ばつに襲われ大飢饉となるなど、こういった占いによって、その国の政や他の国との外交戦略が練られていました。
夜でも明るい都会の中では、なかなか星に目を向けることがありませんが、今なお、テレビや本などでは星占い、占星術に関することが日々取り上げられて、星の動きへの関心はまだまだ尽きることはないようですね。
僕自身、今日の運勢が最高であるなんて言われると、ついつい嬉しくなってしまいます。(
自分にとって都合の悪い占いは信じないようにしていますが・・・・
。
)
学校で、太陽系の惑星を「水金地火木土天海冥」の並びで記憶された方がほとんどかと思います。
この内、天王星、海王星、冥王星は17世紀以降、望遠鏡の出現までその存在は知られておりませんでした。
逆に太陽・月・水星・金星・火星・木星・土星の七つの天体に関しては、有史以前から人々の間では知られていました。
ですので、これらの惑星は、古の昔から人々の興味の対象となり、洋の東西を問わず社会情勢の吉凶や洪水の時期などを占う目的で観察されていました。
その内、中国においては太陽と月を除く、五つの惑星にそれぞれ五行説の木火土金水が当てはめられていて、それが今我々が知る惑星の名称となっています。
これら五つの星は五行が当てはめられる前は、歳星(さいせい・木星)・ ?惑(けいわく・火星)・填星(ちんせい・土星)・太白(たいはく・金星)・辰星(しんせい・水星)と呼ばれていました。
古代の人は、それぞれの星の特色と五行の働き照らし合わせ、それらを占いの評価に反映させていくようになりました。
例えば、木の性質を持つ歳星(木星)は12年をかけて天を一周し、他の惑星の中で最もめでたい星と言われ、五穀豊穣を示すとされていました。逆にこの歳星があるべき所にない場合は、大きな災いが起こるであろうとも言われています。
火の性質を持つとされる?惑(火星)は、その星の運行が定まらず、天体の色も赤味を帯びていた為、戦火・反乱・飢饉等の前触れであるとされていました。
土の性質を持つ填星(土星)は、領土や作物に関する事柄を。
金の性質を持つ太白(金星)は金から武器を連想することから軍事にまつわる事。
水の性質を持つ辰星(水星)は四季を通じ て一年中現れなければ、干ばつに襲われ大飢饉となるなど、こういった占いによって、その国の政や他の国との外交戦略が練られていました。
夜でも明るい都会の中では、なかなか星に目を向けることがありませんが、今なお、テレビや本などでは星占い、占星術に関することが日々取り上げられて、星の動きへの関心はまだまだ尽きることはないようですね。
僕自身、今日の運勢が最高であるなんて言われると、ついつい嬉しくなってしまいます。(
自分にとって都合の悪い占いは信じないようにしていますが・・・・
。
)2006'09.12 (Tue)
宇宙の日
9月12月は宇宙の日
だそうです。
その日にちなんだ話題として、冥王星「134340」に 惑星外れ、小惑星の番号何て事がニュースなどに取り上げられています。
小学校の頃は、何の疑いもなく水金地火木土天海冥と覚えたりしたものですが、当時はまさか冥王星が「134340」なんて言う番号になるなんて思いもよりませんでした。
ところで宇宙という名の語源は、とても古くからあり、やはりその由来も古の中国から伝来したものでありました。
それは、紀元前2世紀、前漢の頃(日本では弥生時代くらい)に纏められた、淮南子(えなんじ)と言う書物(今で言う哲学書もしくは百科事典のような本)に記載されています。
「往古来今謂之宙、四方上下謂之宇」
「四方上下これを宇といい、往古来今これを宙という」
つまりは四方八方に広がる空間を「宇」、過去、現在、未来へと果てなく続く時間のことを「宙」、そしてこの二つの意味が合さり、「無限に広がる空間と無限に流れる時間の場」、それが古代人の考えていた「宇宙」観であったわけです。
この宇宙観は科学的に「宇宙」が研究される中でも、充分に通じるものではないでしょうか?
宇宙を表す言葉で、これほど絶妙な意味合いを持つ言葉はないなぁと、ただ、ただ感心してしまいます。
その淮南子『天文訓』の中には宇宙の始まりに関するような内容もあり、現在考えられている宇宙空間の発生の起源と照らし合わせても、かなり的を射た内容となっています。
そうして見ると、古代人は2000年もとうの昔に、地球を取り巻く宇宙空間についてかなり正確に把握していたのではないかと思ってしまいます。
だそうです。その日にちなんだ話題として、冥王星「134340」に 惑星外れ、小惑星の番号何て事がニュースなどに取り上げられています。
小学校の頃は、何の疑いもなく水金地火木土天海冥と覚えたりしたものですが、当時はまさか冥王星が「134340」なんて言う番号になるなんて思いもよりませんでした。
ところで宇宙という名の語源は、とても古くからあり、やはりその由来も古の中国から伝来したものでありました。
それは、紀元前2世紀、前漢の頃(日本では弥生時代くらい)に纏められた、淮南子(えなんじ)と言う書物(今で言う哲学書もしくは百科事典のような本)に記載されています。
「往古来今謂之宙、四方上下謂之宇」
「四方上下これを宇といい、往古来今これを宙という」
つまりは四方八方に広がる空間を「宇」、過去、現在、未来へと果てなく続く時間のことを「宙」、そしてこの二つの意味が合さり、「無限に広がる空間と無限に流れる時間の場」、それが古代人の考えていた「宇宙」観であったわけです。
この宇宙観は科学的に「宇宙」が研究される中でも、充分に通じるものではないでしょうか?
宇宙を表す言葉で、これほど絶妙な意味合いを持つ言葉はないなぁと、ただ、ただ感心してしまいます。
その淮南子『天文訓』の中には宇宙の始まりに関するような内容もあり、現在考えられている宇宙空間の発生の起源と照らし合わせても、かなり的を射た内容となっています。
そうして見ると、古代人は2000年もとうの昔に、地球を取り巻く宇宙空間についてかなり正確に把握していたのではないかと思ってしまいます。

2006'09.11 (Mon)
二百二十日
今日は立春から220日にあたる日になります。
農家の方の間では、天候の荒れる三大厄日(八朔・二百十日)の一つとして、警戒されていました。
収穫を間近に迎えたこの時期は、台風の襲来に見舞われやすい時期でもあります。
昔は、気象衛星などもなく、嵐が来るのを正確に予測できませんでした。
台風の被害に遭えば、その年の努力の結晶である作物が水の泡になってしまうことになりかねなかったわけです。
この頃に吹く暴風のことを「野分け」と言いますが、これは激しい雨風に草木がなぎ倒されてしまう様を指しています。
この「野分け」によって、作物に被害が出ないよう、昔から二百十日や二百二十日前後に、風よけのまじないとして風祭りが行われていました。
今年も、天候が荒れることなく、無事に収穫を迎え、実りある秋を迎える事ができるよう願っております。
今朝頃は、ここ横浜も雷と激しい雨がありましたが、日中は蒸し暑い晴れの日となりました。
ここ最近は、突発的な集中豪雨
と激しい雷
に見舞われることが多いように思います。
農家の方の間では、天候の荒れる三大厄日(八朔・二百十日)の一つとして、警戒されていました。
収穫を間近に迎えたこの時期は、台風の襲来に見舞われやすい時期でもあります。
昔は、気象衛星などもなく、嵐が来るのを正確に予測できませんでした。
台風の被害に遭えば、その年の努力の結晶である作物が水の泡になってしまうことになりかねなかったわけです。
この頃に吹く暴風のことを「野分け」と言いますが、これは激しい雨風に草木がなぎ倒されてしまう様を指しています。
この「野分け」によって、作物に被害が出ないよう、昔から二百十日や二百二十日前後に、風よけのまじないとして風祭りが行われていました。
今年も、天候が荒れることなく、無事に収穫を迎え、実りある秋を迎える事ができるよう願っております。
今朝頃は、ここ横浜も雷と激しい雨がありましたが、日中は蒸し暑い晴れの日となりました。
ここ最近は、突発的な集中豪雨
と激しい雷
に見舞われることが多いように思います。
タグ : 小判草
2006'09.09 (Sat)
怒りと肺の関係
先日、下記のニュースを目にしました。
怒りっぽい人の肺は老化スピードが速い可能性
提供:WebMD
常に敵対心をもつ男性の肺機能は衰えが速い可能性を示す研究結果
Miranda Hitti
WebMD Medical News
Reviewed By Brunilda Nazario, MD
常に怒っている人の肺は老化が速い可能性を示す新規の研究結果が報告された。
「敵対心の感情が肺の健康に果たす役割は、詳細に検討する価値がある」とLaura Kubzansky, PhD, MPHらは『Thorax』8月31日号に記している。
Kubzansky博士はハーバード大学公衆衛生学部(ボストン)に勤務している。Kubzansky博士らは、男性670例を平均約8年間にわたり検討した。
試験開始時、男性は45-86歳(平均62歳)であった。全例がボストン在住であり、大半は白人であった。
まず最初に、男性は敵対心に関する50項目の質問票に回答した。この調査は、疑い深さ、憤り、皮肉った考え方、不信感に関するものであった。高スコアは、高い敵対心を示した。
これらの男性における敵対心スコアは7-37の範囲であった(平均スコア18.5)。敵対心スコアが高かった男性は、3分の1未満であった。
次に男性は肺検査を受け、3-5年毎に追跡調査の肺検査が実施された。
敵対心は肺に悪影響を及ぼすか?
最も顕著な敵対心が認められた男性では、試験開始時の肺機能が最も不良であった。また、これらの男性の肺機能は、性格の穏やかな男性よりも迅速に低下した。
肺機能は、加齢とともに自然と衰える。しかし、敵対心をもつ男性では、より急速に衰えたことが、本研究で示された。
敵対心をもつ男性には喫煙歴が多くみられた。しかし、喫煙について補正後も、結果に変化はなかった。
しかし一方、本研究は、敵対心が肺を傷つけることを証明していない。
敵対心に関する調査は、1度しか実施されていない。したがって、これらの男性の性格がその後に変化し、明るくなったかどうかは、明らかでない。
怒りを時々感じるのは、完全に正常な状態である。しかし、絶え間ない怒りの感情は問題であるかもしれない、と『Thorax』の論説でPaul Lehrer, PhDは記している。
Lehrer博士はニュージャージー医科歯科大学に勤務する。
正確な科学的機序はまだ明らかでないが、「絶え間ない怒りに伴う消耗と感情の乱れが、慢性的な調節不全、最終的には身体機能の悪化を招く機序は、容易に想像できる」とLehrer博士は記している。
つまり、絶え間ない敵対心の感情は、他の健康状態と関連付けられており、これによって肺に強い刺激が与えられている可能性がある。
本研究は中年以上の白人男性を主な対象としていたため、この知見が他の集団にもあてはまるかどうかは明らかでない。
Kubzansky, L. Thorax, Aug. 31, 2006; online first edition. Lehrer, P. Thorax, Aug. 31, 2006; online first edition. News release, BMJ Specialist Journals.
WebMD Medical News 2006. (C) 2006 WebMD
東洋医学では、精神の及ぼす作用によって蔵府に影響を及ぼすという見方をしています。
よく、「五臓六腑に染み渡る」なんて言葉を使いますが、この五蔵とは、肝、心、脾、肺、腎のことを言います。
そして、これら五蔵には五志といって、肝ー怒、心ー喜、脾ー思、肺ー悲、腎ー驚と言った具合に、それぞれに心理作用があてがわれています。
通常、過度に特定の感情に苛まれる時、その感情と対比する蔵が病的な状態となったり、またその逆にある蔵の働きが弱ってしまったり、高ぶりすぎることで、その対比する感情が表に出てしまう場合もあります。
この場合は一つの蔵の変化に限ったことですが、この五蔵はお互いに緊密な関連性を持って互いに影響しあっています。
この考えは、東洋思想には五行論と言って、木火土金水という五つの要素で、あらゆる事象を説明しようとする思想から由来しているもので、
木→火→土→金→水→木と回る循環を相生関係と言って、矢印の左側が、矢印の右側を養うような関係にあります。
また木→土→水→火→金→木と回る循環を相剋関係と呼び、矢印の左側が、矢印の右側を押さえ込むという、牽制し合うような関係にあります。
先ほどの五蔵をこの五つの要素に当てはめますと、木(肝)、火(心)、土(脾)、金(肺)、水(腎)となります。
これで見ると、「怒り」という感情は、直接的には肝という蔵に影響を及ぼすものです。
しかし、怒髪天をつくような激しい怒りだったり、長期にわたりこの怒りの感情に犯されてしまった場合、本来なら相剋関係の金(肺)→木(肝)と金の力に抑えられていたはずの木の力の抑えが効かなくなり、その力関係が金(肺)←木(肝)の様な逆流が、肺に悪い影響を与えてしまったということで、このニュースの内容を説明できるわけです。
近年はストレス社会とも言われ、仕事による緊張で木(肝)の力が高ぶりすぎることで、例えば、喘息を起こしたり、皮膚のアレルギーなどに見舞われている方も少なくありません。
東洋医学では、精神的な影響と肉体的な影響を同一のものとして捉え、均衡の崩れた五蔵バランスを整えることが治療の目的となります。
普段より、この五行バランスを上手に整えてあげれば、病気になりやすい身体の状態を是正することにもなり、いわゆる予防医学としての役割も担うことができます。
怒りっぽい人の肺は老化スピードが速い可能性
提供:WebMD
常に敵対心をもつ男性の肺機能は衰えが速い可能性を示す研究結果
Miranda Hitti
WebMD Medical News
Reviewed By Brunilda Nazario, MD
常に怒っている人の肺は老化が速い可能性を示す新規の研究結果が報告された。
「敵対心の感情が肺の健康に果たす役割は、詳細に検討する価値がある」とLaura Kubzansky, PhD, MPHらは『Thorax』8月31日号に記している。
Kubzansky博士はハーバード大学公衆衛生学部(ボストン)に勤務している。Kubzansky博士らは、男性670例を平均約8年間にわたり検討した。
試験開始時、男性は45-86歳(平均62歳)であった。全例がボストン在住であり、大半は白人であった。
まず最初に、男性は敵対心に関する50項目の質問票に回答した。この調査は、疑い深さ、憤り、皮肉った考え方、不信感に関するものであった。高スコアは、高い敵対心を示した。
これらの男性における敵対心スコアは7-37の範囲であった(平均スコア18.5)。敵対心スコアが高かった男性は、3分の1未満であった。
次に男性は肺検査を受け、3-5年毎に追跡調査の肺検査が実施された。
敵対心は肺に悪影響を及ぼすか?
最も顕著な敵対心が認められた男性では、試験開始時の肺機能が最も不良であった。また、これらの男性の肺機能は、性格の穏やかな男性よりも迅速に低下した。
肺機能は、加齢とともに自然と衰える。しかし、敵対心をもつ男性では、より急速に衰えたことが、本研究で示された。
敵対心をもつ男性には喫煙歴が多くみられた。しかし、喫煙について補正後も、結果に変化はなかった。
しかし一方、本研究は、敵対心が肺を傷つけることを証明していない。
敵対心に関する調査は、1度しか実施されていない。したがって、これらの男性の性格がその後に変化し、明るくなったかどうかは、明らかでない。
怒りを時々感じるのは、完全に正常な状態である。しかし、絶え間ない怒りの感情は問題であるかもしれない、と『Thorax』の論説でPaul Lehrer, PhDは記している。
Lehrer博士はニュージャージー医科歯科大学に勤務する。
正確な科学的機序はまだ明らかでないが、「絶え間ない怒りに伴う消耗と感情の乱れが、慢性的な調節不全、最終的には身体機能の悪化を招く機序は、容易に想像できる」とLehrer博士は記している。
つまり、絶え間ない敵対心の感情は、他の健康状態と関連付けられており、これによって肺に強い刺激が与えられている可能性がある。
本研究は中年以上の白人男性を主な対象としていたため、この知見が他の集団にもあてはまるかどうかは明らかでない。
Kubzansky, L. Thorax, Aug. 31, 2006; online first edition. Lehrer, P. Thorax, Aug. 31, 2006; online first edition. News release, BMJ Specialist Journals.
WebMD Medical News 2006. (C) 2006 WebMD
東洋医学では、精神の及ぼす作用によって蔵府に影響を及ぼすという見方をしています。
よく、「五臓六腑に染み渡る」なんて言葉を使いますが、この五蔵とは、肝、心、脾、肺、腎のことを言います。
そして、これら五蔵には五志といって、肝ー怒、心ー喜、脾ー思、肺ー悲、腎ー驚と言った具合に、それぞれに心理作用があてがわれています。
通常、過度に特定の感情に苛まれる時、その感情と対比する蔵が病的な状態となったり、またその逆にある蔵の働きが弱ってしまったり、高ぶりすぎることで、その対比する感情が表に出てしまう場合もあります。
この場合は一つの蔵の変化に限ったことですが、この五蔵はお互いに緊密な関連性を持って互いに影響しあっています。
この考えは、東洋思想には五行論と言って、木火土金水という五つの要素で、あらゆる事象を説明しようとする思想から由来しているもので、
木→火→土→金→水→木と回る循環を相生関係と言って、矢印の左側が、矢印の右側を養うような関係にあります。
また木→土→水→火→金→木と回る循環を相剋関係と呼び、矢印の左側が、矢印の右側を押さえ込むという、牽制し合うような関係にあります。
先ほどの五蔵をこの五つの要素に当てはめますと、木(肝)、火(心)、土(脾)、金(肺)、水(腎)となります。
これで見ると、「怒り」という感情は、直接的には肝という蔵に影響を及ぼすものです。
しかし、怒髪天をつくような激しい怒りだったり、長期にわたりこの怒りの感情に犯されてしまった場合、本来なら相剋関係の金(肺)→木(肝)と金の力に抑えられていたはずの木の力の抑えが効かなくなり、その力関係が金(肺)←木(肝)の様な逆流が、肺に悪い影響を与えてしまったということで、このニュースの内容を説明できるわけです。
近年はストレス社会とも言われ、仕事による緊張で木(肝)の力が高ぶりすぎることで、例えば、喘息を起こしたり、皮膚のアレルギーなどに見舞われている方も少なくありません。
東洋医学では、精神的な影響と肉体的な影響を同一のものとして捉え、均衡の崩れた五蔵バランスを整えることが治療の目的となります。
普段より、この五行バランスを上手に整えてあげれば、病気になりやすい身体の状態を是正することにもなり、いわゆる予防医学としての役割も担うことができます。
2006'09.08 (Fri)
月食
9月8日は部分月食があったそうです。
月食というと太陽・地球・月と一直線に並んだ時、地球の陰が月に映る現象です。
午前3時頃が一番の見頃だったそうですが、ご覧になった方はいらっしゃるでしょうか?
あいにくと僕は夢の中でした。
Zzzzz......
今度の月食は2007年の8月28日だそうです。
ちなみに中国の伝説には、月には蟾蜍(せんじょ)/ヒキガエル
が棲んでいるとされ、このカエルが月を食べる為に、月に満ち欠けが生じてしまうのだとされています。
僕達に馴染みある月に住む動物だと、真っ先にウサギを想像しますよね。
満月の時には、ウサギが餅をつく姿を月の中に探したりします。
月にウサギが住んでいるというのは、中国でも考えられていて、あちらのウサギは餅ではなく、薬草を挽いているのだそうです。
日本のウサギが月の中で餅をつくようになったのは、満月のことを望月(もちつき)と言いますが、この「望月」と「餅つき」をもじったところから由来したものと思われます。
この月の中にウサギが映るようになった事の古い言い伝えがあります。
その昔、前世で悪い行いをしてそれぞれ、ウサギとサルとキツネに姿を変えられている三匹が暮らしていました。
生まれ変わった三匹は、世の役に立つよう心を入れ替えて暮らしていました。
ある時、一人の老人が現れ、三匹はこの老人の為にいろいろと尽くしてあげようとします。
サルは木に登り木の実や果物などを採ってきて、キツネは川に入って魚などを捕ってきました。
しかし、ウサギだけは何も与えることができず、火をおこして自らがその中に飛び込み、己の身体を捧げました。
それに心を打たれた老人は、本来の帝釈天の姿となって、この黒こげになった兎を、月の中に写してあげたのだそうです。
昔から、月は我々の身近な存在として、様々な想像の対象となっていました。
竹取物語なども、月にお姫様が帰っていくと言うお話でしたが、当時の人はまさか本当に月面に人類が立つことになろうとは想像もしていなかったでしょうね。
月食というと太陽・地球・月と一直線に並んだ時、地球の陰が月に映る現象です。
午前3時頃が一番の見頃だったそうですが、ご覧になった方はいらっしゃるでしょうか?
あいにくと僕は夢の中でした。
Zzzzz......今度の月食は2007年の8月28日だそうです。
ちなみに中国の伝説には、月には蟾蜍(せんじょ)/ヒキガエル
が棲んでいるとされ、このカエルが月を食べる為に、月に満ち欠けが生じてしまうのだとされています。僕達に馴染みある月に住む動物だと、真っ先にウサギを想像しますよね。

満月の時には、ウサギが餅をつく姿を月の中に探したりします。
月にウサギが住んでいるというのは、中国でも考えられていて、あちらのウサギは餅ではなく、薬草を挽いているのだそうです。
日本のウサギが月の中で餅をつくようになったのは、満月のことを望月(もちつき)と言いますが、この「望月」と「餅つき」をもじったところから由来したものと思われます。
この月の中にウサギが映るようになった事の古い言い伝えがあります。
その昔、前世で悪い行いをしてそれぞれ、ウサギとサルとキツネに姿を変えられている三匹が暮らしていました。
生まれ変わった三匹は、世の役に立つよう心を入れ替えて暮らしていました。
ある時、一人の老人が現れ、三匹はこの老人の為にいろいろと尽くしてあげようとします。
サルは木に登り木の実や果物などを採ってきて、キツネは川に入って魚などを捕ってきました。
しかし、ウサギだけは何も与えることができず、火をおこして自らがその中に飛び込み、己の身体を捧げました。
それに心を打たれた老人は、本来の帝釈天の姿となって、この黒こげになった兎を、月の中に写してあげたのだそうです。
昔から、月は我々の身近な存在として、様々な想像の対象となっていました。
竹取物語なども、月にお姫様が帰っていくと言うお話でしたが、当時の人はまさか本当に月面に人類が立つことになろうとは想像もしていなかったでしょうね。
2006'09.07 (Thu)
帝王切開
最近の話題としては、秋篠宮妃紀子さまが男子をご出産し、どこの報道局もおめでとう!一色です。
それに伴って、よく耳にするのが「帝王切開」という言葉。
普段、あまり気にとめずに使っている言葉ではありますが、「切開」の意味は分かるとして、「帝王」というのは何のことを指しているのでしょうか?
そもそも帝王切開の元になったラテン語を"sectio caesarea"と言います。
(sectioは「切開」、caesarea は「切られたもの」という意味があります。)
この"sectio caesarea"をドイツ語にすると"Kaiser shinitt"という語句になります。
西洋医学がドイツから日本に伝わる際、この"Kaiser shinitt"も当然伝わってきたわけですが、これを日本語に訳す時に、"Kaiser"に「分離する」という意味のところを、「カイザー=帝王」と間違って訳してしまい、これがそのまま「帝王切開」の由来となったとの説が有力です。
ちなみに日本で最初に帝王切開が行われたのは、1641年(寛永18年)、肥後の国(熊本県)で、人吉藩の藩主相良頼喬が生まれる際に帝王切開が行われたされておりますが、実際のところは定かではありません。
詳細な記録が残るもので、最初に成功したケースは、1852年4月25日、伊古田純道、岡部均平という二人の医師によって秩父郡我野正丸(現在の埼玉県飯能市坂元)に在住、本橋常七の妻、み登の出産の際に帝王切開が施された例です。
難産により、母体の生命があやうくなってきたために、帝王切開に踏み切り、胎児はなくなってしまったものの、母親の方は一命を取り留め、その後89歳の天寿をまっとうしたそうです。
当時は、麻酔の技術も消毒の手段も確立しておらず、まさしく命がけの手術でありました。
この時のことを伊古田純道は「子宮截開(せっかい)術実記」という書物に記載しております。
もともと帝王切開というのは、母親が亡くなった後に、その身体から子供を取り出すと言うことから起こったもので、そこには母の死が必然とされていました。
今や、本邦における帝王切開分娩における死亡率は0.029%だそうです。
日本の産婦人科領域ではおおよそ15%の確率で、帝王切開が施されているようです。
しかし、いかに医学が進歩しようと、10ヶ月もの間、お腹の中に命を宿し、産むというのは、やはり大変なことですよね。
それに伴って、よく耳にするのが「帝王切開」という言葉。
普段、あまり気にとめずに使っている言葉ではありますが、「切開」の意味は分かるとして、「帝王」というのは何のことを指しているのでしょうか?
そもそも帝王切開の元になったラテン語を"sectio caesarea"と言います。
(sectioは「切開」、caesarea は「切られたもの」という意味があります。)
この"sectio caesarea"をドイツ語にすると"Kaiser shinitt"という語句になります。
西洋医学がドイツから日本に伝わる際、この"Kaiser shinitt"も当然伝わってきたわけですが、これを日本語に訳す時に、"Kaiser"に「分離する」という意味のところを、「カイザー=帝王」と間違って訳してしまい、これがそのまま「帝王切開」の由来となったとの説が有力です。
ちなみに日本で最初に帝王切開が行われたのは、1641年(寛永18年)、肥後の国(熊本県)で、人吉藩の藩主相良頼喬が生まれる際に帝王切開が行われたされておりますが、実際のところは定かではありません。
詳細な記録が残るもので、最初に成功したケースは、1852年4月25日、伊古田純道、岡部均平という二人の医師によって秩父郡我野正丸(現在の埼玉県飯能市坂元)に在住、本橋常七の妻、み登の出産の際に帝王切開が施された例です。
難産により、母体の生命があやうくなってきたために、帝王切開に踏み切り、胎児はなくなってしまったものの、母親の方は一命を取り留め、その後89歳の天寿をまっとうしたそうです。
当時は、麻酔の技術も消毒の手段も確立しておらず、まさしく命がけの手術でありました。
この時のことを伊古田純道は「子宮截開(せっかい)術実記」という書物に記載しております。
もともと帝王切開というのは、母親が亡くなった後に、その身体から子供を取り出すと言うことから起こったもので、そこには母の死が必然とされていました。
今や、本邦における帝王切開分娩における死亡率は0.029%だそうです。
日本の産婦人科領域ではおおよそ15%の確率で、帝王切開が施されているようです。
しかし、いかに医学が進歩しようと、10ヶ月もの間、お腹の中に命を宿し、産むというのは、やはり大変なことですよね。
タグ : 帝王切開
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