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小海町めぐり(子産みの町)

2017.09.29(22:42) 756

日曜日に、南佐久郡にある小海町に行って参りました。

昨年話題になったアニメ映画「君の名は」、その監督の新海誠さんは、この小海町のご出身だそうで、今小海町に訪れると、いろいろなスポットで映画のポスターを目にすることができます。
相変わらず世間の話題に疎い僕なので、この話自体が周回遅れの感が否めませんが。。。
まだ映画を見た事が無いので、機会を見つけて見てみたいなあと思っています。

実は、その小海町、「こうみ」の名にかけて「子産み」、「子育て」の町としても知られ、町内にはそれに因んだ様々な史跡も沢山存在してます。
その中でも、僕の心を引きつけて止まないのが、縄文時代に作られたという石棒(せきぼう)。
この石棒は男性のシンボルを象ったもので、子孫繁栄や五穀豊穣を祈念したと言われています。
約5000年前の代物で、年代が特定された石棒では、日本最古のものです。
今回は、この石棒を最終目的地に据え、子産みにまつわる小海町の史跡名跡を巡ってきました。

まずは141号線、馬流橋の交差点を左折して、県道124号線から山の方へと向かいます。
急勾配の坂道を道なりに進む事3キロ程で、最初の目的地「お子安さん」の白いお堂が、山の緑に埋もれる様に佇んでいます。
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この「お子安さん」は、この岩壁の上に母親が子供を抱いた様な形をした岩があり、昔から「母子岩」と呼ばれていたそうです。
子宝になかなか恵まれなかったお嫁さんが、この岩に願をかけた所、無事子供を授かったそうです。
また、母乳の出が悪かった母親が、やはりこの母子岩にお祈りした所、母乳の出がみるみる良くなったという逸話があって、子宝、安産、子育てのご神体として祀られる事になったそうです。

あまり広くもない山道の途中ですが、有り難い事に、近くにあるバス停の横がお子安さんに訪れる方の駐車場になっていました。
登り口では、子育て地蔵と呼ばれる子供を抱えた何とも優しげなお顔をしたお地蔵さんが出迎えてくれました。
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入口から一歩足を踏み入れると、お堂まではただひたすら急勾配を10分程登っていきます。
でも道はとても整備されていて、登りは急ではありますが、比較的歩きやすかったです。
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木々の間を登っていくと、眼前が明るくなってパッと視界が開けます。
欄干の向こうに、麓で見かけたお子安さんの白いお堂があります。
本当に岩壁の先端にあって、この時点で高所恐怖症の気がある僕は少し足がすくむ思いでした。
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お堂に入ると、いきなり大きな岩が横たわっていて、最初これが母子岩なのかな?と思ってしまいました。
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小窓のある側に回り込むと、そこが母子岩の祀られている祭壇となっていました。
それと思しき岩が隙間から覗いています。
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改めて昔の人は、よくここまで願をかけにきたものだと感心してしまいました。
何故なら、小窓から見下ろす下界を見ただけで、足の裏がムズムズしてしまい、長い事下を見る事ができませんでした。
何本かの木は、早くも紅葉が始まっていて、更に秋が深まれば、この小窓から見る景色はきっと良い眺望になる事でしょうね。
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「お子安さん」を後にして、一路松原湖へと向かいます。
この松原湖も、少し親父ギャグ的な語呂合わせですが、松原湖を「待つ腹子」と文字って、安産、子宝のスポットとなっています。
松原湖は周囲3キロに亘って散策路が整備されているので、湖畔と木漏れ日を楽しみながらのんびりと散歩する事ができます。
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歩く道すがら、湖畔に鎮座する「弁財天宮」に行き当たりました。
この弁財天宮には、源頼朝の病を癒す為に、自ら竜となって、その肝を息子に差し出した母親の逸話があります。
そこから、この弁財天が母親の深い愛情や病気平癒に由来するとされ、妊婦を難産から守る霊験があると言われています。
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さらに湖畔を歩いていくと、今度は「子安宮」が鎮座していました。
名前の通り、ここは安産を祈念する所で、このように「安産」にまつわるお宮が点在している松原湖ならば、「待つ腹子」の語呂合わせも納得です。
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しばらく湖畔を歩いていると、「信濃アキギリ」とある看板が目に入りました。
信濃アオギリは、この松原湖で発見された日本固有のサルビアで、環境省のレッドリスト(2012)では、「絶滅の危険が増大している種」である絶滅危惧II類(VU)に登録されているという希少な植物なんだそうです。
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わかりにくいかも知れませんが、写真中央の黄色い花弁をつけた花が「信濃アキギリ」です。
こうして絶命危惧種と言われる花を目にする事ができて、感動しました。
ただ、あまりに可憐すぎて、もしこの花が庭に生えていても、自分なら雑草として抜いてしまいそうです。
そのような事にならないよう、しっかりこの目に焼き付けておきました。
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そしていよいよ最終目的地、「石棒」を拝みに松原湖を発ちます。
事前のリサーチによると、松原湖近くの松原湖観光案内所で保存展示されているとの事でしたが、どうもそれらしい展示がありません。
案内所の方に伺うと、北牧楽集館と言う所に移設されたとの事。
急遽、また141号線へと引き返し、小海駅の方へ戻る事となりました。
北牧楽集館は廃校になった学校を利用した施設で、この中に郷土資料館が設営されていて、小海町の歴史、文化に関する貴重な資料が展示されています。
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展示室はその年代毎にいくつかの教室に分かれていました。
その内の一番手前の教室に入ると、そこは縄文時代!
見事な縄文土器が所狭しと並んでいました。
教科書の資料写真などで見た事はありましたが、こうして実物を見てみると思った以上に大きく、それでいて緻密な文様が刻まれている事に改めて驚きを感じました。
この展示を見れただけでも、ここまで足を運んだ甲斐がありました。
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そしてお目当ての「石棒」も展示棚の一画にありました。
石の塊だったものが、こうして縄文人の手によって細工を施された時、彼らはこの石棒にどんな思いを託していたのでしょうか。
5000年前の在りし日の事を考えると、胸が熱くなりますね!
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折角ですので、他の教室も回ってみる事に。
隣の教室は、縄文時代から一気に年代が進み、この地域で実際に使われていた農機具などが展示されていました。
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また別の教室では、小学校の名残を示す様な教科書の類や、机などを見る事ができます。
黒く塗りつぶされた教科書。
初めて現物を見ましたが、そう遠くない昔に、この日本で戦争があったと言う事実を雄弁に物語っている気がしました。
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個人的にハートが鷲掴みにされたのは、和綴じの教科書!
こういった古い書籍を見ると、心が躍りますね。
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期待以上に展示されている資料が興味深いものばかりで、長い時間をこの楽集館で過ごしていました。
小学校の教室の雰囲気がそうさせるのか、精神年齢まで一気に小学生に戻った様に、はしゃいでおりました。


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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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