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門松

2007.01.15(22:20) 154

2007年もあけ、今日はもう15日、小正月となってしまいました。
年明けは何かとバタバタと慌ただしく、これまでブログの更新が滞ってしまっておりましたが、これまでの書きためた分を少しずつ、アップしていこうと思っております。
今年もよろしくお願いいたします。

皆さんはお正月に門松を飾りますか?
門松

門松というと真ん中にドーンと竹を斜めに割ったものがあって、その周りを松が取り囲んでいるものという風にイメージされるかと思います。

最近読んだ本に
蝶々はなぜ菜の葉にとまるのか」稲垣栄洋著/三上治絵 草思社 定価1400円
というものがあります。
この中で、門松というのに、なぜ竹を飾るのかという項目があって、そこに現在の門松の由来となったとされる逸話が書かれていました。
松は針葉樹で、一年中その色が褪せることなく青々としているところから、古来中国ではおめでたい植物とされていました。
それを正月飾りとして飾るようになったのが門松の始まりだったそうです。

それが今のように、竹を松で囲んで飾るようになったのは戦国時代からなのだそうです。
本文からそのまま引用しますと

徳川家康が三方原の戦いで武田信玄に敗れた後のことである。新年の挨拶に武田方から「松枯れて竹たぐひなきあしたかな」という句が徳川方へ届けられたという。つまり、松平家(徳川家康の旧姓)のマツが枯れて、武田家のタケが栄えるというのである。これを徳川の家臣・酒井忠次が機転をきかせて濁点のつけかたを変え、「松枯れで(松は枯れず)竹だくびなき(武田首なき)明日かな」と読み上げた。そして、武田家への戦勝祈願を込めて、頭を切り落としたタケ(武田)をマツ(松平)で包囲して、門松として飾ったという。やがて縁起をかついだこのマツは、家康が将軍になった後も続けられ、武家に広まったという。


なるほど、竹が斜めに切られているのはこうした由来があるとされているからなんですね~。
そう考えると、タケが首を取られた様を現しているのなら、何だか正月早々物騒なものを飾っている事になりますね~。
もし武田が天下を取っているようだったら、それこそ切られていない竹がお正月に飾られていたなんて事もあったかも知れませんね~。
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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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