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夢のお話し

2005.09.22(20:50) 18

問診の中で、睡眠についてお伺いする時、「よく夢を見るとか。」「夢見が悪くて、寝た気がしない。」などと言われることがあります。
我々の教科書とも言える本の一つに黄帝内経という本があります。
この中に“淫邪発夢篇”と言う項があって、この中に気血の偏在によって起こる夢や五臓六腑の変動によって見る場合の夢がどんなものであるかという内容が載っています。
例えば気が身体の上部に偏ってしまっている場合には飛翔する夢を見るとか、その逆に身体の下部に偏ってしまった場合は、墜落する夢を見るなどとあります。
現代にいたって、このような事柄がそのまま当てはまるものでもありませんが、臓腑の変動をうかがい知る一つの参考として内容をお聞きすることもあります。

夢という言葉を使う時、「夢を抱く。」とか「夢に向かって頑張る。」と言う風に使うこともあります。
この場合、夢という言葉に対して、現代に生きる我々が考えるイメージというのは、未来の希望とか光に満ちた将来と言ったニュアンスを我々は抱いていると思います。
しかし、大昔では違う使われ方をしていたようです。
夢の元の形というのは、ベットの上に角を生やしたような人が横たわっている状態を表したものです。
この角を生やしたような人というのは、巫女(みこ)の様な存在の人で、当時は国同士の諍いや権力闘争になった際、これらの巫女さんがその相手(敵)に対して呪いをかけていたそうです。
そのかけられた人が、夜ごと自分の睡眠中に投影された映像こそが、呪いをかけられた結果として見させられていた夢であったわけです。
昔の権力者などが不審な死を遂げた時などは、こういった呪いをかけられたのではないかと疑っていたようです。
夢にうなされて死んでしまうことを薨(こう)と言う漢字で表現されていることからも窺い知ることが出来ると思います。
これは夢という字の夕の字の代わりに死という字を当てはめて形作られています。

実際に夢というのは不思議なもので、夢枕に親しい人が出てきた、その翌日にその方の急逝を知るとか言うようなこともよく耳にしますし、昔話の中にも、夢でお告げがあって、そのお告げに通りに行動することで、人生の転機を得たなどという話もあります。
人間にはまだまだ隠された特殊な感覚というのが眠っているのかも知れませんね。
夢なだけになかなかそのような能力というのは目覚めないのかもしれませんが・・。
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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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