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お灸

2005.09.29(00:45) 20

前回は鍼の話だったので、今度はお灸の話でも・・・と思っていたら、今日偶然に懐かしいものが出てきました。
お灸板

これは学校のお灸の授業の時に使ったベニヤ板です。
学校での最初のお灸の授業は、各自にこのベニヤ板を渡されて、3センチ四方にマス目を入れることから始まりました。
その交点の所に、捻ったもぐさをのせて、お灸をするのです。
まずはこうした平らなものを使ってお灸をすえる練習をします。
我々がすえるお灸だと、“米粒大”と言って米一粒分くらいのものから、“糸状灸”と言って、それこそ糸くずくらいの大きさにもぐさを捻らなければなりません。
当然最初から上手に出来るわけもなく、指が思うように動かなかったり、汗でもぐさが手に張り付いたりしてしまいます。
そうこうして作ったお灸も、とても米粒とは思えないほど大きなものだったり、堅く捻りすぎて、ものすごく熱いお灸となってしまいます。
ですから、写真で見るように交点の所は焦げて真っ黒になっています。
そんな状態ですから、友達同士で練習台になってお灸をする時も、ほとんど根性焼きに近いような、ものすごく熱いお灸を据えたり、据えられたりしました。
今そんなお灸をしていたら、皆さんビックリしてお灸恐怖症になるかも知れませんね(笑)。
お灸にしても、鍼にしても、友達同士で行う場合は、非常に疑心暗鬼にかかりながら練習したものです。
身体のあちこちにお灸による火傷の跡が残っていますが、その一つ一つに、これは彼がすえたお灸痕だとか、こっちのは誰々だというように、当時を偲ぶ、淡い友達との思い出として、それこそ身体に刻まれています。
そんなこんなでベニヤ板での練習を積んだら、今度は紙の上にお灸をすえていきます。
この際、お灸によって紙に穴を開けないようにしなくてはいけません。
どういう事かと言いますと、艾を最後まで燃やすと白い紙であれば、黒く焦げ目が付くのですが、お灸が熱すぎた場合には焦げ目だけでなく、その部分に穴が開いてしまいます。
こういった穴を開けないようにすえなくてはならないので、それこそ米粒大の大きさが少しでも大きくなったり、もぐさを堅く捻れば、たちまち熱くなって紙に穴が開いてしまいます。
実技テストでは10分間に100壮(お灸の場合は1壮〈そう〉、2壮と数えます。)すえなくてはなりません。
その時に、穴が開いたものは1壮としてカウントされないので、ただ数をすえるだけでは駄目なのです。
大概テストとなると、緊張で手に汗をかきながら臨むので、なかなか普段の練習通り力を発揮できないものなんです。
それの次に、ようやく授業の中で人にお灸をすえるようになります。
最終的には、臨床実習で病院や保養施設に訪れる患者さん方にお灸をすえることとなるわけです。

最近では手軽に自宅でもすえれるタイプのお灸が市販されています。
潜在的にこうしたお灸の愛好者というのは結構多いのではないでしょうか?
かの松尾芭蕉も、お灸をすえながら旅を続けたと言います。
昔の人達は旅の道すがら、見知らぬ人と道中を共にしようと思った時には、足の三里にお灸の痕があるかどうかを見た方がいいと言っていました。
何故なら、足の三里に灸をしている人は普段から健康に気を遣っていて、かつ身体も丈夫なので途中で、体調を壊す事は少ないであろうと。
これが灸痕のない様な人であれば、いずれ身体の不調を訴えたりして、その人の分まで自分が面倒を背負い込むことになり大変なこととなるだろうと言う理由から、こうした格言めいた事が言われていたそうです。
さすがに現代となっては、身体にお灸の痕などがある人は僕達のようなものぐらいでしょうね。
お灸に関してはまだまだお話ししたいこともありますので、また日をあらためてお話しできればなあ思っています。
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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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