タイトル画像

河童忌

2008.07.24(17:26) 221

今日は、土用の丑の日です。
それとは別に今日7月24日は「河童忌」の日でもあります。
河童忌」とは、かの文豪、芥川龍之介の命日です。
彼の小説「河童」に因んで、毎年7月24日は「河童忌」と呼ばれています。
ボサボサ頭に、理知的に見える広い額、少しニヒルに構えた頬杖、僕が小さい頃にいだく小説家のイメージというのは、まさしく芥川龍之介の風貌そのものでした。
芥川龍之介の作品を読んだことがなくとも、この顔はどこかで見たことがあると言う方も多いかと思います。
芥川龍之介
その芥川龍之介が亡くなったのは、1927年、今から丁度81年前の7月24日と言うことになります。
芥川龍之介は僅か35歳と言う若さでこの世を去ったわけですが、今更ながら、その年齢にして、あれだけの傑作の数々を書き上げたと言う事に、改めて驚いてしまいます。
あの有名な「羅生門」なども、22歳頃に書かれたもので、自分の22歳の頃と比べて何と差のあることかと愕然とした気持ちにもなってしまいます。
歴史にたら、れば、が無いのは承知していますが、もし、芥川龍之介が服毒自殺などを図らず、その後も人生を全うしていたなら、どんな作品が生まれていたのでしょうか?
逆にそうであったからこそ、数々の後世に残る文学作品を生み出せたとも言えますが、やはり残念でなりません。
河童忌を前に、つい先日、自殺する前の芥川龍之介が、家族にあてた遺書と言ったものが発見されたそうです。
<芥川龍之介>妻子らにあてた幻の遺書4通見つかる
遺書の書き出しには、「人生は死に至る戦ひなることを忘るべからず」とあり、芥川龍之介の遺書ともなると、さすがその文面も文学的なのだなあ、と変なところで感心してしまいました。

まだ幼い頃、初めて「羅生門」を読んだ時は、そのおどろおどろしい挿絵が印象に残っていて、何だか、奇怪な小説だなあというのが印象でした。
しかし、年を経て改めて読み返してみると、人の葛藤や心情の変化が繊細緻密に描かれていて、その内容にグッと引き込まれていきました。
多くの芥川龍之介の小説において卓越していると思うのは、その登場人物達の巧みな心理描写で、「鼻」、「杜子春」あるいは「蜘蛛の糸」等では、人間の内面にあるエゴや愚かさをさらけ出し、結果それを皮肉ることで、人の本質や、はたまた自らの生き方にも重ねていたのではないだろうかと感じてしまいます。
芥川龍之介と言えば、自殺の動機として「僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安」との言葉は余りにも有名です。
生前の芥川龍之介と言いますと、神経衰弱、胃アトニー、狭心症、胃酸過多、痔、胃潰瘍に不眠症と、まるで病気のデパートのように体調不良を訴えていました。
自殺の動機となる言葉をみる限り、鬱病の気もあったのではないかと思います。

東洋医学的に見ると、このような精神的な問題は、気の消耗により肺の蔵府が失調し、肺の蔵府に宿る憂いや悲しみと言った感情にとらわれてしまったと見るべきでしょう。
また肺の蔵府と拮抗関係にある心は喜びの感情をつかさどっていますが、これも肺と心の拮抗バランスが崩れた事で、喜びや楽しみと言った感情まで押さえ込まれ、かくもぼんやりとした不安にとらわれてしまったのかも知れません。
芥川龍之介の作品を読みながら、その作品全体の背景となる作者の心象風景なども空想しつつ、もし芥川龍之介を治療するとするならどんな風にしようかと、ついそちらの方にも考えをめぐらしてしまいます。
スポンサーサイト


天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


<<かき氷の日 | ホームへ | うなぎ>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://keijyudou.blog20.fc2.com/tb.php/221-d35994e4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)