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江ノ島に行ってきました。(3)

2005.10.15(00:20) 29

さて、杉山検校の墓の近くに福石と呼ばれる石があります。

福石

この福石も実は杉山検校とかなり縁の深いもので、この福石にまつわる出来事があったからこそ、生涯にわたって杉山検校が江ノ島に足繁く訪れるようになったと言えるかも知れません。

杉山検校は幼い時に失明し、やがて鍼灸の道に進むこととなりましたが、元来不器用で物覚えの悪い質だったらしく、弟子入りしたものの破門にされてしまったそうです。
そこで、何とかして鍼灸の道を究めたいと思い立ち、江ノ島の弁財天にお参りをし、7日間、岩窟こもって、祈願したそうです。
山を下りる時は、ただでさえ目が見えない上に、一週間にわたる断食で足下は覚束ないくらいフラフラだったことと思います。
そんな状態であった為か、途中大きな石に躓いて転んでしまったそうです。
転んだ拍子に、チクリと体に何かが刺さったような気がしたので、取り上げてみるとそれが竹の筒に入った松の葉でありました。
その事からヒントを得た杉山検校は、鍼を管に入れて、管の先に出た鍼の柄を指で叩くことによって、容易に刺入が可能になった杉山管鍼術を考案するに至りました。
それは現在では、管鍼法と呼ばれ、今や日本だけでなく、多くの国でこの刺し方がされるようになっています。
この時を境に、杉山和一の巷での評判は鰻登りとなり、果ては時の将軍徳川綱吉の侍医にまで上り詰めるようになったのです。

転んでもただでは起きないという言葉がありますが、人間何か事を為そうと思いを強くする時、ひょんな事から大きなヒントを得ることがあります。
この時も、杉山検校が鍼の技術向上を一心に考えていたからこそ、チクリと刺した松葉を鍼の刺し方に結びつけられたに違いありません。
普通は、転んだ時に、何か身体に刺さったとしたら、“踏んだり蹴ったりで全くついていないなあ”で終わってしまうことでしょう。”
東洋医学には“気為血帥~気は血の帥たり~”という考え方があります。
気というのは陽であり、動力となるもので、逆に血は陰であり物質や形を表す概念であります。
我々が仕事をする時、何かを作る時、もしくは達成される時と言うのは、まずそれをしよう!、そうなりたい!という思い(気の力)を働かせる事で初めて、何か事が発展する、形が形成される(陰が形作られる)わけです。
それがいわゆる気が動くことで血が動くという考えに発展するわけです。
世の中には偶然と思われるようなことから大発見があったりしますが、それらのいくつかにはこの杉山検校と同じように、一途な強い思いが根底にあったからこそ、必然的それらが見いだされたと言うことも多いかと思います。
その道のプロというのは、職場を離れた日常生活の中でも、あらゆる所で自分の仕事に結びつけて考えてしまうと言います。
道を究める人というのは、そういったプロ意識が自然と芽生えてくるのではないでしょうか。
この福石を見ながらそんなことを考えていました。

いつしかこの福石は出世石と呼ばれ、石の前で何か物を拾うと栄達できると言われるようになりました。
この日も何か落ちていないかよく探しましたが、全く何も見つけることが出来ませんでした・・・・・。
ちなみに僕の鍼灸の先輩に、鍼が上手くなりたくて、わざわざこの石の前で転んだという方もいましたが、膝をしたたかに打ってアザになったそうです。(その後、鍼が上手くなったかどうかは分かりませんが・・・汗)
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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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