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楽しむこと

2009.06.11(20:52) 302

往診している患者さんで、昨年ダイヤモンド婚を挙げられた方がいらっしゃいます。
お二人合わせて180歳になろうかと言うお年ですが、見た目や立ち居振る舞いもとっても若々しく、毎日一時間の散歩を日課にされているのだそうです。
ダイヤモンド婚式       ダイヤモンド婚

ちなみにダイヤモンド婚というのは結婚60周年にあたるそうで、それより上になると75周年のプラチナ婚になるのだそうです。
今回は、お二人のお子さん方が企画して、教会で式を挙げる事になったそうなのですが、教会の神父様もダイヤモンド婚に立ち会うのは初めてと言うくらい珍しい事なのだそうです。
普段は矍鑠とされているご主人も、当初は、今更この年になってあまり大げさな事はしないで欲しい、と及び腰だったのですが、無事式の日を迎え、今ではとても素晴らしい経験が出来て良かったと満面の笑みを浮かべていらっしゃいました。
それは、もうお写真のお二人の笑顔を見るとありありと伝わってきます。

往診に伺うと、お二人の醸し出すフワフワとした雰囲気が心地よく、ついつい長居してしまいます。
最近のご主人がはまっている趣味がカメラだそうで、デジタルカメラやパソコン、プリンターやスキャナといった性能や知識にお詳しく、街に買い物に出る時は、電気屋さんでそう言った周辺機器へのリサーチに余念がないそうです。
散歩先や奥様を連れ立った旅先で撮り貯めた写真をいつかネットに公開したいのだそうです。

そんな長居した往診のある日、何気ない会話の中でご主人が、「長く生きてると大変な事は沢山ありますけど、嘆いていてもしょうがないので、どうしたら自分や周りが楽しくなるかを考えているんですよ。」というお話をされた事があります。

この考え方はまさしく、黄帝内経素問の最初の章、上古天真論篇において、古代の養生に長けた聖人の有り様と一致するものです。
この中では、昔の人が年をとっても年齢を感じさせず元気でいるのに対して、今の人は寿命を全うできずに、身体が衰えるに任せるのは何故かという問いに対して、養生の極意を示す内容で、

恬憺虚無、真気従之、精神内守、病安従来。

心を穏やかに保つ事で、命の源である真気は身体を隈無く巡り、生命活動を担う心の神気や腎の精気が充実し、身体の生理活動が存分に発揮出来るので、病の憂い無く日常を過ごす事が出来るのであります。


「人生を楽しむ。」、色々な困難に直面した時に、なかなかそうした気持ちになるというのは難しい事かと思います。
それでも、ご主人が仰っていたように、クヨクヨしても何も状況が良くなるというわけではありません。
この言葉は、人生の大先輩でいらっしゃるご主人が言う事でとても含蓄のある素晴らしい生き方の極意になるのだと思います。

僕もまだまだ人生の半人前ではありますが、これからも色々な事を楽しむという気持ちを持ち続けていきたいと思います。
その気持ちが、治療を通して、また多くの方々に伝えられたら素敵ですよね。
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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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