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親切な診断

2009.07.15(23:07) 321

僕が小学生の時、国語の時間に新しく習った漢字から、毎月のクラスの目標を一つ作るなんて事をやっていました。
数々、挙げられた目標の中で、今でも覚えているのが、「こまっている人がいたら、親切にしましょう!」という標語で、この中では親切という単語が新しく出てきた漢字でした。
最初、この“親切”という言葉を習った時の心情として、まだ反抗期など寄る辺もない青峰少年は、「親を切るなんて、なんて恐ろしい言葉なんだ。」と内心ドキドキしていた覚えがあります。

当時、抱いた思いは、後年東洋医学を学ぶようになって、ようやくその疑問が氷解しました。
「親切」の内、“親”という漢字は、両親(父、母)のこと以外に、【したしむ。/したしい。/身近に接している。/みずから。・直に、直接に。】などと言った意味があるのはご存じかと思います。。
問題は“切”と言う漢字ですが、まず思いつくのは単純に、「物を切る」、「切り離す」と言った事をイメージしがちですが、切にはもう一つ、「接する」とか「肌身にひっつく」と言った意味も持っています。
この事から、親切というのは「相手の意向に沿うように」つまり「相手を思いやる」と言うようになる訳です。


東洋医学では、色々な診断のやり方の一つに「切診(せっしん)」というものがあります。
これは、もちろん身体を切り開いてどうこうと言う訳ではなく、直に接して診る=触診と言うことになります。
触診には、お腹の皮膚の状態を診る「腹診」や各経絡の様子を診る「経絡診」、あるいは背中にあるツボの反応を伺う「背候診」etc....、脉診も直接触れて診るという点においては切診と言うことになります。
鍼灸治療では、こうした触診の情報を何よりも重要視し、病気の状態を判断したり、治療前治療後の変化をつぶさに観察したりと、まずは身体を切しないことには治療は始まらないと言っても過言ではありません。

「医は仁術なり」と言われていますが、病魔に苦しむ身体に手を当てる(切する)と言う行為は、少しでもその病魔を軽くしたい、楽にしてあげたいという思いの顕現したものであり、今なお病気の治療を手当てと言うくらい、切そのものが医術の起源であり、現在においても根幹となる精神でもあると思うのです。

これからもそんな親切な診断にさらに磨きをかけていきたいと思っております。
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コメント
昔、「江戸を切る」って時代劇がありましたが、親切
確かに、よく見るとなんて親不孝な言葉なのでしょう。

外人の人にこの漢字を教える時とかも注意しないとですね
【2009/07/17 15:50】 | ハマチ #- | [edit]
ハマチさん
こんにちは。
漢字って、何気なく使っているようで、よく考えてみるとギョッとしますよね。
【2009/07/17 23:23】 | 青峰 #- | [edit]
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