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2006年

2006.01.01(23:38) 49

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
皆さん、初日の出を拝むことが出来ましたか?
僕はあいにく寝過ごしてしまいました。
と言うことで写真は別のもので・・・・・

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最近、『日本の奇僧・快僧』今井雅晴 ~講談社現代新書~ という本を読みました。
日蓮や親鸞等言った様々なお坊さんの生き様や、当時の時代背景などをつづった、なかなか面白い内容でした。
その中に、お正月にちなんだ一休さんにまつわる話も出てくるのですが、昔京都ではお正月の三が日には、表戸を閉めることになっていて、それは一休さんが竹の先に髑髏をぶら下げて、「ご用心ご用心」と言いながら家々を回った為なんだそうです。
周りの人は、お正月のめでたい時に何でそんなことをするのかと叱ったところ、一休さんは「髑髏の目が無くなって,空になっている。これがホントの目出たいという事だ。』と答えたそうです。
本の解説によると、人々に人生の無常を知らしめて、生死を超えた世界に目を向けるべきだという、一休さんならではの頓知の効いたメッセージであったと書いてあります。

一休さんに関しては、以前読んだ別の本の中でも、とても印象的な話があります。
随分前に読んだもので、もう本のタイトルとか、細かい内容は忘れてしまったのですが、

むかし、ある人が、一休さんを家に招いて何かめでたい言葉をしたためて頂けますかとお願いしたところ、一休さんは「爺が死に、親死に、子死に、孫が死に、さてその次は次々と死ぬ。」というようなことを書いたそうな。
その人は、めでたいということでお願いしたのに、死ぬなんて言葉が入っているのはどういう事だと問うたところ、一休さんは「それぞれが寿命を全うして、生まれた順に死んでいくのはめでたいことだ。それよりも最も悲しいことは、後から生まれたものが先に死んでしまうことほど辛いことはない。」と諭されて、その人もなるほど!と膝を叩いたという。

確かこんなような内容だったと思います。
小さい頃は、アニメの一休さんが大好きでよく見ていました。
小さい子供が大の大人を頓知でやりこめるというのが、子供心にとても痛快だった覚えがあります。
しかし冒頭にあげた本の中には、一休さんが実は時の天皇のご落胤であったとか、晩年は盲目の女性を溺愛していたというような、アニメの一休さんのイメージとはとても結びつかないような話もあります。
何にしても、一休さんというのは、一歩間違えばただのひねくれ者になりそうなものですが、色々な頓知話の中にもどこか優しさやユーモアが含まれていて、そんな所がまた魅力なのかも知れませんね。
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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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