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皮膚の日

2015.11.12(19:16) 548

本日、11月12日は1(い)、1(い)、1(ひ)、2(ふ)の語呂で、良い皮膚、つまり皮膚の日になるのだそうです。

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以前、このブログでも「皮膚のお話」の中で、ご紹介した事があったかと思います。
皮膚の語句の内、「皮」はより表面的な部分で、「膚」は皮下の脂肪も含む肌を現しているものと考えられます。

成句の中でも、「面の皮が厚い」とか、「化けの皮が剥がれる」と言えば、表面を覆う上辺の部分というイメージが当てはあるかと思います。
一方、肌を含む「膚」であれば、「肌が合う」とか、「一肌脱ぐ」なんて言葉にあるように、より内面的な部分やその人の気質を含んだ部分までを表現している様に感じます。
治療をしていると、その最中に肌の艶が良くなって、触り心地が滑らかになってくるように感じる事があります。
逆に、痛がっている部分ですとか、痺れ等がある様な部分の皮膚は、そうした艶がなく、皮膚が触り心地に違和感を認める事もあります。
特に小さなお子様等は、軽く撫でたりさするだけで、あっという間に皮膚の様子が変わってくるので、いつも驚かされる事ばかりです。
日頃の疲れや、毎日頑張っているご褒美に、たまに自分の皮膚を優しくさすってあげるだけでも、身体がほぐれて、気持ちも癒されるかと思います。

余談ですが、「完膚無きまで」という成句があります。
完膚無きまで叩きのめす!といったら、それはもう相手のぐうの音も出ない程、徹底的に叩きのめすという事になります。
「完膚」と言うと、傷一つない肌という事になります。
その昔、唐の時代、蒋鎮という者が王朝に反乱を起こしました。
その時、味方に引き入れようとした同僚の劉廼は、口がきけないふりを装って返答しなかったので、全身に灸をすえられて、それこそ火傷になってない皮膚が無い程、火傷を負わせたという逸話に基づいているそうなのです。
お灸を据える方も据える方ですが、それに耐えた劉廼さんも相当、我慢強い人だったんですね。
鍼灸学校の学生時代、友達とお灸を据えあいっこして、ほんの米粒くらいの大きさのモグサで、背中に火傷した時ですら、ぎゃーぎゃー喚いた僕には到底無理な話です。

くるみ堂長岡はり灸院
長野県東御市滋野乙2320−1
0268−63−7280
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天長地久 ~長野県東御市から送る鍼灸師の日常~


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