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難しい漢字

2006.01.19(21:04) 58

先日とある漢字を調べていて、その時ふと、一番画数の多い漢字はどんな漢字だろうと思い、ちょっと調べてみることに・・・・。
僕の使っているパソコンの中で、表示できる最も画数の多い漢字は、なんと48画!
48画


これでもか!と言うくらいに、龍のオンパレードですね。
音読みで「トウ」と読むらしいのですが、一体どんなときに使われる漢字なのでしょう?

今度は、持っている漢字辞書でも調べてみると、こちらの方は最大画数が33画。
33画


こちらは、こちらで鹿が群れをなしています。
この字は音読みで「ソ」、訓読みすると「あら・い」、「はな・れる」と読みます。
普通に生活していれば、こんな漢字にもまずお目にかかることはないかと思います。
しかし、鍼灸に携わる者には、この漢字は、時折その東洋医学の古典に出てきたりして、割合馴染みがあります。
“ソ”(パソコンで変換できないようです。)というのは、まだまだ技術の至らぬ医者のことを指し、本の中では戒めの時によく用いられる言葉です。
“ソ”は形を守り、上は神を守る」と言うと、“まだ技術の稚拙な若輩者は、鍼を刺すことばかりに気をとられ、患者の体の状態などを考えずに治療をしている。対して、技術が熟達する者は、そこに患者の状態、気の変化を考慮に入れながら、今その人にあった治療を行える者である。”という意味になります。
つまりこの“ソ”というのは、鹿は、それぞれ密集して走ることはなく、思い思いの方向に散ってしまうので、そこからバラバラになるとか、粗いと言う風な意味を持つ漢字となっています。
つまり、荒削り=未熟な医者と言うことになります。
この言葉は、現代に生きる鍼灸師にとっても、今なお生きた言葉であると言えます。
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コメント
こんばんは。ご無沙汰しております。

「小鍼之要。易陳而難入。粗守形。上守神。」
『霊枢』九鍼十二原篇の有名な一節ですね。すぐ後の二句は、どう句読するか問題となる箇所でもありますが。
ご存知の通り、この部分を注解した小鍼解篇に「粗守形者。守刺法也。上守神者。守人之血気。有余不足。可補写也。(粗は形を守るとは、刺法を守るなり。上は神を守るとは、人の血気、有余不足を守り、補写すべきなり。)」とあり、青峰さんのおっしゃる“刺すことばかりに気をとられ、体の状態(気血の変化)を診ずに治療をしている者”と“治療をわきまえている者”を端的に述べている所ですね。

考えてみれば、私たちの仕事における技術というものは、診察から治療に至るまでの論理の構築にあるのであって、個人的な経験というものはほとんど問題にならないのだと思います。その人の(中国医学的な)病態把握と、それにもとづく選経選穴の正誤が、治療の善し悪しをいやおうなく決定づけてしまうからです。どんなに鍼を刺す技術が上手でも、見当違いのツボに鍼をしていたのでは治療も台無しになってしまいます。

江戸後期の鍼灸書には、“経験”という文字が目立ちますが、そこには陰陽、五行あるいは経脈や五蔵といった中国由来の独特の論理展開に対する批判がこめられています。現に、その頃から按摩との抱き合わせで施術がなされるようになり、明治を待たずして衰退していきました。現在では、按摩、整骨、アロマ、リフレクソロジー、ケアマネージャーなどなど多岐にわたる複合的な“サービス”を提供する治療院が目立ち、あたかも江戸後期のようです。

そんな今だからこそ、鍼灸専門という立場から「上守神」を声を大にして主張していきたいものですね。
【2006/01/20 23:53】 | よしおか #IlUaVNB6 | [edit]
よしおかさん、こんにちは!
鍼灸の世界に限らず、今の価値観というのは新しい物、最新の物であればあるほど、すぐれているという風潮があるかと思います。
そこには、昔から続く物は役に立たない、古い物は劣るという価値観にも通じるところがあるかと思います。
明治維新後の漢方撲滅の流れは、そう言った特性が如実に表れた出来事であるかと思います。
温故知新という言葉がありますが、最近の流れはさながら冷古知新と言ったところでしょうか?
そんな今だからこそ、古典の妙味を現代に生かすべく、目を向けていかなければなりませんよね。
【2006/01/21 07:19】 | 青峰 #- | [edit]
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